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「えっ?」
その刹那、進めていた足が止まる。
「──それ、本当なのか?」
「うん、本当。今まで黙っててごめんなさい……」
「いや、それは全然良いんだけど──ちょっとびっくりはしたかな」
思わず苦笑いが零れた。
若菜は既に、誰かと夫婦だった過去がある。まぁそれを知ったところで、見る目が変わったり嫌悪感を抱いたりすることもないが──いざ自分の恋人となると、どうしても気にならざるを得ない。
「前に結婚したのは十年前。でも、当時の夫は今で言うモラハラがひどくて……すごく辛かったの。どれだけ私が話し合おうと頑張っても、関係を修復することはできなかった」
「そう、だったのか……。ごめんな、そんな過去を思い出させちゃって」
「ううん──大丈夫。だから、あの日プロポーズを嫌がった理由は全部嘘。本当は……また誰かと夫婦になるのが怖かった」
ようやく腑に落ちた。
若菜は、結婚の風習や制度が嫌だったわけじゃない。夫婦になることで、また同じ経験を繰り返してしまうことを恐れていたんだ。相手に自分から歩み寄ってダメだったのなら、余計に辛かっただろう。俺まで胸が締め付けられる思いだった。
「でも、あの火事があって気持ちが変わった」
「へっ?」
そんな彼女に「夫婦になりたい」と言うのは、たしかに正しい選択じゃない。そう思った時──若菜はまたしても、驚くべき言葉を口にした。
「必死に助けてくれた照平君の姿を見て──この人と一緒に生きたい、夫婦になりたいって……思っちゃった」
「若菜、それって──」
「今さら何言ってんだって感じだけど……照平君と……結婚したい、です……」
申し訳無さそうに俯く、最愛の人。
こんな奇跡が起こるだろうか。天にも昇るほど、嬉しさが込み上げてきた。
「顔上げてくれよ若菜」
「本当に色々と、ごめん。それでも私──」
「そんなの良いに決まってんだろ! 辛かった過去は振り返らなくていい。これから新しく、一緒に幸せになろう!」
この人を好きになって良かった。そんなありったけの思いを込めて、若菜を強く抱きしめた。
「ちょっと──! 照平君、苦し……」
「あっ、ごめんつい……」
「──やっぱり離さないで」
「へっ? ──わぁ!」
腕の力を緩めた瞬間。今度は若菜の方から強く抱きしめてきた。
幸せな気持ちで満たされる。まさかプロポーズの返事が、プロポーズで返ってくるなんて思ってもみなかった。
「遠回りしちゃってごめん……照平君、私の夫になってくれますか?」
「あぁ、もちろんだ。若菜こそ、俺の妻になってくれるか?」
「ふふ、もちろんよ」
お互いに浮かべる満面の笑みが、これからの幸せな未来を予感させた。
夫婦ではない色々な愛のカタチがあったって良い。もちろんその気持ちは嘘じゃない。
だけど──やっぱり愛する人とは、"夫婦"というカタチで人生を歩んでいきたい。苦楽を共にしながら、一生かけて愛を深めていきたい。他人や時代に強制されたわけじゃない、これが自分の本音だ。
夫婦として、これから
どんな未来が待ち受けているのか──。
幸せに満ちた二人の人生は続く。
-完-
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