公爵令嬢は男爵令嬢と断罪回避後に茶をしばく

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「だからですね、わたしは思うわけです。『ピンク髪』なんて言ったって、その『ピンク』ってどんな色なのよ? って。別にね? 少女向けのピンクが嫌だって言ってるわけじゃないんですよ。あれだって多分販促アニメとして実現可能かつコスパのある色味じゃないと駄目っていう縛りとか、お金を出すお偉方の意向ってもんがありますし。原作のカラーイラストは繊細で柔らかな色使いだから見た目も充分可愛いですからね。でも小説のピンク髪ってどうなんだって話ですよ。文字の上ですから、そりゃあ敢えて具体的な表現を避けて読み手に任せることもありましょう。ハイコンテキストな分野ですから、それだけで事足りるというなら前提にあるものを理解しない方が野暮なんでしょうね。ええ。まあでもそれも致し方ないこととは言え、出版された本の表紙絵に描かれたピンクが上品なピンクベージュ・ピンクブラウンそれも明るい髪色よりも暗め、けれど流石にブルネットよりは明るめの知性匂い立つカラーだったらそれはもうピンクと言うよりも甘めブラウンじゃないですか。チェリーピンクやカシスピンク、ペールピンクはブロンドベースなら結構気の強い性格でもなかなか似合う物がありますが、とにかく一口にピンクといえどもその濃淡には様々あるわけです」 「ええ、理解します」 「まあしかしそれも飲み込むとしましょう。所詮は創作物、エンターテインメント。小説における色は飽くまで象徴的なものですから、特別に色が絡んだ話やトリックでもなければ重要度も低くなろうというもの。  しかしですよ! こと現実の女性に対して直接口に乗せる言葉として『ピンク』はいかがな物かと思ってしまうんですよね。平民だってもうちょっとありますよ! 美味しそうな果物に例えてみたり、似たような花を見かけたんだ、なんて言って奮発して花屋で一輪買ってみたり! やりようって、たくさんありますでしょ?! なのによりにもよってどいつもこいつ……おっと、どの方も右にならえでピンクピンクって……もっとこう……あると思いませんか!」 「そうですね。わたくしも陰気な黒髪などと言われたことがありましたが、あの瞬間は世の黒髪の女性全てを敵に回すおつもりなのかと思いました」 「全く理解に苦しむんですが恐れ多くもクレア様の髪色はバロックパールというか、光の加減で黒蝶真珠っぽく色味がかわっていきますから、その妖艶さを理解できない男性はクレア様には幼すぎるのでは?」 「そうかしら」 「ぱっちりした二重は赤系のアイシャドウでも腫れぼったく見えないから色のレパートリーが増えてうらやましいですね。はっきりした強い色がお似合いなのも持って生まれた才能かと」 「これでも幼い頃は可愛らしいパステルの色が似合う子が羨ましかったものです」 「似合う似合わないは才能ですからねえ。ただ好きかどうかという意味では似合わなくても死ぬまで楽しめば良いと個人的には思いますよ。それを許せる男性であることが最低条件かと」 「まあ。流石に今はお父様もそっとしておいてくださいますけれど、そのうちまた別の方と婚姻の話が持ち上がるでしょう」 「クレア様のお家の方が優位なんだから、希望くらい言えないものなんです?」 「こういうことはお互いの家にとって利害が一致していることが優先されますからね」 「勿体ない……」 「そう仰っているサマサ、貴女こそ、資産のある家とのコネクションを期待されて男爵家へ引き取られたのではなくて?」 「あ、やはりご存じでしたか。それはそうなんですが、そもそも母は既に流行病で儚くなってしまったので、別に家を追い出されてもやりようはあるんですよね。家族を人質に取られて仕方なく、みたいなものもないですし。勿論後ろ盾がないと吹けば飛ぶような身ではあるんですが、幸いにもクレア様に名前と顔を覚えていただいた上、こうしてお茶に呼んでもらえるということであまり扱いは悪くないんですよ」 「それはなによりです」  悠然と微笑むクレアに、サマサは (きっとクレア様のことだからその辺を含めて目を掛けてくれてるんだろうなあ)  と思った。そしてそれは間違ってなどいない。  音もなく紅茶で喉を潤す公爵家の至宝の前で、サマサもやや不格好ながらマナー通り茶菓子と紅茶に舌鼓を打つ。まくし立てるようなサマサの言葉も、クレアとの茶会でならば許されている。  途方もない身分差のある二人がこうして同じ茶会どころか二人で過ごせているのは、ひとえに彼らが中等教育を受ける学び舎の方針によるところが大きい。今の学長は王弟殿下だが、だからこそ学問の下に生徒は全て平等であるという理念を強く反映させている。普段は公立学園と言えども『大人として貴族社会へ入っていく前段階としての場』で身分による制限やマナーはあるものの、学術的な話や勉強に関する意見交換、そして何より勉学に励むと言う意味で生徒達の身分の壁を極力廃するよう努めている。学力別に分けられたクラスや、全生徒で行う弁論会など、可能な限り身分を混ぜるよう取り組まれている。流石に寄宿舎に関しては男女完全に別ではあるが、結果としてクラス分けは男子か女子の比率は偏る傾向にあり、結果、サマサは公立学園を三年目に迎える今年、男爵令嬢ながらクレアと同じ上級クラスに放り込まれ、侯爵家や伯爵家の令息に顔と名前を知られることとなったのである。  本来男女で学ぶべしとされることの多くは異なるが、それでも男子生徒を下し上級クラスに割り当てられた女子生徒は高い教養を持った公爵家令嬢のクレア、好きが高じて勉学に励みゆくゆくは官僚を目指すと言って憚らない伯爵家令嬢のシャーロット、そして貪るように識る喜びを謳歌していた男爵家令嬢のサマサだった。  妬みが起こるかと思いきやそんな暇はなく、それどころかハイレベルの内容の連続に息切れするサマサを他のクラスの生徒は憐憫を持って眺めると同時に、貪欲に食らいついていくサマサに引いてもいた。サマサは10歳まで平民として過ごしており、貴族としての教養を学び始めたのはそこからで、なにもかもが至らない娘だったが、遅まきにやってきた知的好奇心が満たされる快楽に振り回されていたと言っても良い。  そう言う意味で名物と化していた彼女だったが、流石に同じクラスの令息達に勉強について教えを請い始めるとその婚約者達の心は穏やかではいられない。  その空気感をいち早く把握したのがクレアだった。彼女は令息達の目のないところでサマサへさりげなく伝えたが(高位の者から声を掛けることはどんな話題であれそもそも問題がない)、通じなかったので結局人を使って忠告した。これが彼女と折り合いの悪い第二王子殿下(しかもクレアは彼の婚約者候補の筆頭だった)の耳に入り事態は拗れたと言える。元々冷静で落ち着いたクレアとは異なり、猪突猛進で、責任感はあるが思い込むと視野が狭くなる第二王子殿下のライアンは、学問における平等の侵害であると声高に訴え、あまつさえ人目のある場でクレアを糾弾さえした。無論サマサは異を唱えたが、高位の者相手に面と向かって立ち回ることは難しく、クレアの『答弁については王弟殿下学長に直接申し上げ、沙汰をいただくのが筋』という正論によって、事態は無事に収束した。  当然ライアンの先走った思考と行為は最終的に咎められ、公衆の面前で侮辱されたことを理由にクレアはライアンの婚約者の候補から外れた。ここがクレアの最も欲しかったものであったので、きっかけをくれたサマサとは自然声を掛けることも多くなり、サマサもまた冷静かつ公平であったクレアの配慮に気づけなかった自分を恥じつつ、敬意を持ってクレアを慕うようになったのだった。 「そういえば……わたくしのことより貴女のことです。サマサ。先ほどは女性を口説く手腕について論じられておりましたけれど……そう仰るからにはなにか、貴女から及第点を出された方がいらしたのではなくて?」 「えっ」  音もなくカップをソーサーに置き、事もなげに尋ねたクレアの表情は凪いでいる。少しばかり柔らかな口元よりも、普段よりも少しばかり感情の乗った、楽しげなものをその目に感じ、サマサは顔を赤らめた。 「……もしやご存じで……?」 「あら、貴女の口からきいたことなどないわ」 「えっ じゃあ誰からです?!」 「それを今、貴女から聞くところです」  そんなっ! とサマサは叫んだが、直ぐにティーカップを手に取り、顔を隠すように引き寄せながら呟いた。 「……昔なじみのジョンがこの間……『サマサの髪は太陽に当たると少しオレンジ色に見えて、キラキラして、熟した林檎に蜂蜜を掛けたみたいだ』って言われまして……あの……美味しそうと言われて、あの、はしたなくもその……」 「充分です」 「えと、……そういうことです……」  顔を真っ赤に染めながら先ほどまでの威勢を吹き飛ばして縮こまるサマサに、クレアは涼しげな声で話を切り上げた。なんとも情熱的な言葉である。だが、そもそも好意がなければそんなあからさまな言葉をもらっても恐怖しか感じなかっただろう。つまり、そういうことだ。既に彼女の心には一人の男がいて、サマサが令息達に勉強を教わっていたのは真実他意がなかったのである。  なんなら、仮に令息達がサマサに好意があったとしても、高位貴族ならではの遠回しなアプローチでは、彼女の心どころか、頭にすら届いていなかった可能性が高い。何せクレアのそれとない言い方も通じなかったのだ。  満足したクレアは、ふと口元をほころばせた。 「その方と上手くいくと良いですね」 「ふぇっ?! あ、ええ、はい。クレア様のその言葉が何よりの祝福です……!」  心から笑んだクレアに動揺しながらも、サマサはふにゃふにゃと溶けたようにはにかんだ。  なお、ジョンなる男に一切の他意がなく、振られてしまったと泣きついてきたサマサを慰める会が発足するのはまだ先のことである。
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