第一章 1

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第一章 1

 ──4月。  この窓からは大きな桜の樹が見える。窓を開けていると、風に誘われ花びらが舞い込む程に、その樹は近くにある。  オレはこの風景が好きだ。 「詩雨(しう)さん、どうしたんです?  疲れちゃいました?」  振り返ると、両手で大きなダンボール箱を抱えた遙人(はると)がすぐ後ろに立っていた。彼はダンボール箱を床に置くと、オレの隣に並んだ。 「うん、いや……。この部屋ともお別れだなと思って」  遙人が独り暮らしを始めて、お互いの家を行き来するようになってから、四度目の桜の季節だ。  忙しくて会えない時でも、この桜が咲く頃には一度は訪れていた。オレがこの風景を好きなことに気づいて、咲き始めると遙人が必ず知らせてくれていた。 「詩雨さん、桜咲きましたよ。うちに来ませんか?」  と。  まだふたりの関係がもだもだしていた頃も。心と身体が繋がれた後も。変わらずに。  カシャッ。  オレはその風景を切り取った。  もう何枚あるかわからない。見納めの風景の記念に写真集でも出そうか。 「ほんとに好きですね。この風景」 「おまえもだろ」 「ま、そうですけど」  桜とふたりの想い出は繋がっている。  花の季節ばかりではなく、緑の季節も、それから煩いくらいに鳴く蝉も。色づいて散っていく葉も。  ふたりでこの窓から眺めていた。だから、余計に愛おしい。 「詩雨さん、もう少し休んでてください。俺、続きやっちゃいます」 「いいよ。オレもやる」 「最後の夜に」  チューハイの缶をカツンと合わせる。  忙しく動きまわり、ふと気がつくと日が暮れていた。オレたちは近くのコンビニに行き、夕食とアルコールを一本ずつ買った。  夜の空気はまだ冷たいが、窓を開けて最後の花見をする。外灯に照らされ、ぼんやりと白く浮かびあがる桜は、また昼にはない美しさだ。何処かざわざわと胸が騒めくような妖しさ。  こんな桜もオレは好きだ。  ふたりともアルコールを空けてしまうと、この部屋での最後の晩餐も終わる。 「寒いからもう閉めますよ」  オレの肩越しに遙人が窓を閉めた。名残惜しげなオレを見てくすっと微笑(わら)う。  部屋の持ち主より寂しがっているオレは、少しばつの悪さを感じ、 「おまえだって、寂しいくせに」  そう険のある言い方をしてしまう。 「そうですね。詩雨さんとの想い出が詰まっていますから。でもこれからは──」  後ろから遙人の両腕がまわり、緩く抱きしめられる。  甘い雰囲気になりそうな気がして、未だに何だかこの甘さに慣れないオレは、 「さぁー明日は早いし、シャワーを浴びて寝るかっ」  棒読みな台詞で、その空気をばっさりと切り裂いた。
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