ヒロイン、選択する

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ヒロイン、選択する

 ───アン、俺たちと遊ぶんだよな!ミナなんか放っておけよ  ───アン、リゼがトムのことを好きだって知ってるでしょう?トムからの誘いは断りなさいよ!  こんな板挟み的状況は日常茶飯事だった。  そんな修羅場をくぐりぬけてきたヒロインこと私の技が、今ここで発揮されるのね!  アリアお母さまにコクンと視線を送り、目の前の手に向き直る。  視界の端でドレスが揺れ慌てたように「あまり急かしては可哀想よ。慣れるまで私に任せて、ベン」とアリアお母さまが割り込む気配がしたが、ここで止まってはいけない。  ──もう物語は始まっているのだから。  おそるおそるといった風に、今にも下げられてしまいそうだった大きな手の人差し指をちょこんと触る。  そして照れたように上目遣いでチラリと黒い瞳と視線を合わせ、小さく俯く。 「……お父、さま」  そして幸せを噛みしめるように「嬉しい」と、ふわりと頬を緩ませた。  名付けて、【子猫がちょっと懐いてきた】作戦である。  なぜかベンお父さまと挨拶しようとすると激しく睨まれ、やんわり妨害されたことから察するに、アリアお母さまは私とベンお父さまの接触を快く思っていないらしい。    しかし、私はこの貴族家で味方を増やしておかなければならないのだ。  私からの接触はアリアお母さまに妨害されそうなので、ベンお父さまから来るように仕向けたい。そこで思いついたのがこの作戦だ。  ────恐る恐る近寄ってきた子猫には、誰しも自分から距離を詰めたがるものなのだ。  ざあ、と風が頬を撫でる。返事はない。  外したかな、と視線を上げようとするが、身体の方がふわりと勢いよく持ち上がる。  久しぶりの浮遊感に一瞬、まだ村にいるような感覚を覚えた。  まるで父さんに肩車をしてもらう時のように身体が浮いたから。  しかし私の視界にいたのは、私を眩しそうに見上げるベンお父さまだ。   「ああ!!なんて可愛いんだ!アリアの子どもの頃にそっくりだね!まるで妖精さんだ!」 「まあ。ベンったら」  大喜びで私を持ち上げくるくると回っているベンお父さまと、空中を旋回する私を鋭い目で見るアリアお母さま。  ”アンネリーゼのウキウキ★ドキドキ!?逆ハーレムの会(仮)”の記念すべき最初の登録者は父親のようだ。悪くない。  とりあえず父親は攻略出来たようだが、母親が曲者だ。鋭い視線を送られているが、何を言いたいのか、私をどうしたいのか全くわからない。特殊な動きで暗号を表現するだとか、積極的に伝える工夫をしてほしい。  とりあえず、アリアお母さまにもハニカミ笑顔を返しておいたら狼が威嚇しているかのような獰猛な顔が返ってきた。違ったらしい。お手上げだ。 「ぼくたちの元へようこそ、アンネリーゼ。歓迎するよ」  ───ヒロインの道は山あり谷あり、前途多難である。
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