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順番通りに自然と皆の視線は黙々と食べるユーリに向く。
「将来、なにになりたい?」
つい前のめりになって聞いてしまう。
もぐもぐと動いていた口が、ごくんと鳴った。
「俺は、とくにない……です」
ユーリは焚火を見ても心の壁が溶けないらしい。なんだこの要塞のような心の壁は。火力が足りないのか?
心の壁を溶かしてやりたいとハラハラ・メラメラ見守る私をよそに、ジョンが干し肉をユーリに投げた。
「お前は将来のために今から鍛えろ。食え。枯れ木みたいに軽すぎる」
「ジョンの基準で言われても困るっす」
「さすが力自慢のジニーおじいちゃんの孫よね」
なんと……ジョンはムキムキ使用人長ジニーの本当の孫だったのか!
もしかしたら孫がムキムキだからこそ、華奢美少女な私が余計に可愛いのかもしれない。
枯れ木と言われた貧弱仲間のユーリは、また口をへの字にして黙り込んでしまった。
そっちのけで盛り上がる昔馴染みの三人を見ながら、ユーリにだけ聞こえるようにこっそりと囁く。
「ユーリは気にすることないわ。今やりたいことをしていれば、いずれ将来に目が向くものよ」
「……やりたいことなんてない、です」
ぽつりと返された声色は、どこか寂し気だった。
心の内を隠しているのでは無く、ユーリ自身が自分の心を見失っているのかもしれない。
最初に見た、あの諦めたような目を思い出す。
なんだかたまらなくなって、ユーリの手を温めるように重ねた。
「諦めるのはまだ早いわ。人生は短くて長いから」
その最中。カタカタと地面の石が揺れだし、自然と会話はピタリと止まった。
いつの間にか用意していた松明に火を移すアッシュに、敷物と化していた防寒具を私に着せるアニー。そしてジョンは私とユーリの首根っこを掴んだ。
どこにも行かないし、もう何も投げないったら。
ユーリは何かを感じるようで視線を揺らし、壁の一点を見て叫んだ。
「──────来る!!!」
ドドドドドドドド
岩が弾ける音に肩をすくめる。
そして弾かれるようにジョンが私を抱え駆けだした。
揺れる視界に防寒具と髪が邪魔で何事か全く把握出来ないまま、坑道を駆けていく。
限られた視界の中でアッシュの持つ松明が揺れ、何か塊のようなものが壁や天井や地面を埋め尽くし闇が染み込んでいくように追いかけてくるのが見えた。
あれは。
「へ、びぃいいいい!?!!??」
「舌噛むぞ!」
「だって真冬に、あんな、大群! 速いし!!」
「見るからにやばいから逃げてるっす!!」
シュルシュルと蛇特有の音が気色悪く、情けない悲鳴を坑道に残しながら全員に加速の魔術をかける。
しかし移動しているからなのか上手くいった気がしない!!
「こっち!!」
アッシュの掛け声で右側の小さく細い横穴へギュルリと曲がった途端、吸い込んだ空気の冷たさでぐっと気温が下がったのがわかった。自分たちが向かっている先から聞こえる音が轟音になるにつれ、全員何が先に待っているのか気付いていたはずだ。
ひらけた空間に出て、自然と歩みがゆるくなる。
目の前には囂々と音を立てる川が流れていた。辛うじて川幅がわかる程度で、どこから流れているのか、どこまで流れているのかは見えそうにない。ただただ光りの届かない暗闇だった。
「恐らく、あの坑道の暖かさで蛇たちが活発になってたっす。ここの寒さがあれば蛇たちも動きが鈍って追ってこなく……っ」
シュー……
振り返ったアッシュの表情が凍る。
坑道の細い横穴の向こうから腹に響く、一匹の声が聞こえたからだ。
「……でかくなってないか?」
「変よ……さっきまで追ってきてた蛇と全然違う!」
光が届かない暗闇の中、蛇の赤い瞳だけが浮かんで見えた。
そこでようやく私は思い出す。この蛇の正体に。
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