ヒロイン、救済する

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「アンネリーゼ、馬鹿は嫌いだって言ったでしょう。教師から報告があったわよ」  ジニーの畑では暖かかった陽気も、アリアお母さまの自室では冷え切っている。  ティーセットの前で優雅にくつろぐ男爵家の女当主であるアリアお母さまは、二人きりになった途端に聖母の仮面をスコンと落とした。  男爵家の頂点にして皆のアイドルとして君臨するアリアお母さまは、今日も今日とてご機嫌ナナメらしい。大規模修繕工事を考えた方が良いほど傾いている。 「アリアお母さま、私はお馬鹿ではありません。成績は良いはずです」 「返事は”はい”しか許していないわ、アンネリーゼ」  バサリと机に落ちた書類は確かに私の家庭教師の報告書だった。  この男爵家に引き取られて早々やらかした、冬のピクニック事件から回復してすぐ。家庭教師をつけられた。  最初の家庭教師は、世話役と言ってもいいほど家庭教師とは名ばかりの女性講師だった。  おそらく、元平民だった私の一挙手一投足、貴族の様式を叩きこむ目的があったのだろう。   だがしかし思い出してほしい。この類まれなる愛らしい美少女の中に入っているのは、元天才魔術師かつ一応貴族だった私である。  家庭教師としてやってきたマダムは、元平民の女児を相手にするつもりで来たかもしれないが、お帰りになる頃には逆に夫婦関係の悩みから始まり自身の子どもの教育・老後の展望などのお悩み相談を受けるようになった。  ……ちなみに、この時点でもアリアお母さまに呼び出されて「魔力で夫人を操ったのか」と悪役風の台詞とともに釘を指された。魔力はそんな万能なものじゃないんだよな。これだから素人は。やれやれ。という説明をしたら三日食事抜きになったことは思い出したくない。ユーリたちが差し入れをしてくれなかったら来世に期待するところだった。  次に来たのは基礎勉学を中心に指導する役目を担った家庭教師然とした人だった。  最初に絵本の読み聞かせから始まり……全て幼児向けの内容で構成されていた。  やれやれ。  思い出してほしい。この類まれなる愛らしい美少女の中に入っているのは、元天才魔術師かつ一応貴族だった私である(二回目)  華麗に家庭教師の読み聞かせを復唱し、家庭教師が用意していた計算問題までこなしてみせた。    家庭教師は自分の前の教師から教わったのだと勘違いしていたが、否定はしなかった。大まかなくくりで言えば前(世)の教師に教わったのだから。    才女だと褒められチヤホヤされるのはとても気分が良かったのでルンルンだったのだ。  それなのに”馬鹿”とは聞き捨てならない。美少女な上に才女だぞ。 「……ベンお父さまは褒めてくださいます」  もう一人の大人を引き合いに出してみたが、ハンッとアリアお母さまは高飛車な仕草で鼻で笑った。 「物事をそのまま受け取るのがまさに馬鹿の証拠ね。幸せそうな頭だこと」 「アリアお母さまの演技にそのまま騙されるベンお父さまはお馬鹿ということですか?」  あぁ!この口が勝手に!  頭は才女なのに、私の口は学習せず余計なことを言いがちなのだ。このせいであの悲劇の三日があったことを忘れたのか!この、この!  口をベチンとおさえた私をチラッと見たアリアお母さまはふと考えるような仕草をした。 「……ベンは甘えられると安心する性格なのよ」  おぉっ。自然と拳に力が入った。珍しくアリアお母さまの心の扉に隙間が開いた。 「アリアお母さまはベンお父さまが安心している様子を見るのがお好きなのですか?」 「どうかしら。ベンが不安になっているところを見るは好きね……可愛くて……私の一挙手一投足に一喜一憂しているところなんて、もう」  そう言いながら、アリアお母さまは恍惚ともとれる顔で呟いた。    まて。ちょっと聞き捨てならないのだが!?と、にわかに前のめりになり、飢えた野良猫よろしく目がギラギラと発光しそうだったが、強靭な精神力で微笑むに留めた。目もヒロインの特殊能力でキラキラに納まっている。いまこそ、マダムのお悩み相談に乗ってきた経験を活かす時────。  それよりも、と本題を忘れてくれていなかったようで。ベンお父さまを誑し込んだテクニックについては、ここまでのようだった。チッ。 「まともに教育を受けてこなかったはずのあなたが、どうして読み書きが出来るのかというところは聞かないでおくわ。でも、自分の能力をひけらかすのは下品でなくて?」  げ、下品!!??  下品なヒロインなんていやしない。つまり下品とはヒロインの対極に位置する言葉であり、私のヒロイン人生にあってはならない称号なのである!
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