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ヒロイン、媚びる
「何を聞いたのか知らないけど、子どもには関係のない話ね」
「でも、私のことですよね──────ッ」
白い手がニュルリとこちらに伸び、顎が割れてしまうのではないかという力で鷲掴みされる。気付かなかった。こうなるまで、意外にも私はアリアお母さまに暴力なんて振るわれるわけがないと信じきっていたようだ。
「いい?何度も同じことを言わせないで。返事は”はい”よ」
アリアお母さまが顔を寄せ、感情のない瞳で私を見下ろす。
「あなたの言動次第で、あなたの”母さん”たちが暮らす村が一つ消えると思って口を開きなさい。今度はあなたじゃなくて、大切な人のところに熊や鷹が行くかもしれないわね」
ああこれは脅しではなく警告だと、私は理解した。
あの冬のピクニックで起きたハプニングは不自然だった。
冬眠しているはずの熊が傷だらけで男爵家の敷地近くにいたり。決定的には追ってこないブーメラン。
「あれは、アリアお母さまが仕掛けたのですか」
アリアお母さまの表情が一瞬歪み、そのまま綺麗に微笑んだ。まるで聖母のように。
「私があなたに求めるのは、頭の良さでも魔力でもない。何もない。使用人と一緒に農民の真似でもして暮らせばいいわ。一生ね」
ぼすん、とソファーに落とされる。
あんなに華奢なアリアお母さまにさえ、この身体はいいようにされるのだと理解した。
*
へたこいた~~~~~~!
現在、自室で反省するようにと軟禁されて二日目。58回目の後悔である。
もちろん家庭教師にも会えていないし、今回はユーリたちにも会えていない。
ユーリたちは毎日、私の自室のバルコニーに虫入りの籠を投げ入れてくるので(軟禁明けたら覚えとけ)毎日それを震えながらバルコニーに吊るして飼育している。それぐらいしかやることがない。苦手な虫を飼育するぐらいやることがない。
今回はいよいよアリアお母さまの逆鱗に触れてしまった。
思い返せば、最初の冬の時点ではアリアお母さまに命を狙われたのかもしれないが、あれからは無事に生かされている。
たまに食事抜きの刑を言い渡されるが、毒を飲まされるだとか山に捨ててくるということは起きていない。
なんてったって、家庭教師までつけてもらったし。
死んでほしい子どもに投資しますか?いいえ、しません。
いずれ消す子どもを家庭教師という人前に出しますか?いいえ、出しません。
ということは、少なからず状況は良い方向へ進んでいたはずだったのだ。先日までは。
これはまずい。
男爵家攻略への道が後退してしまった。
アリアお母さまと私は決して仲の良い家族関係を築けるなんて思ってはいなかった。
せめて、ベンお父さまや使用人の前でも聖母のような演技をするアリアお母さまにとって、気の抜けるかけがえのない相手になれれば上出来だと思っていたのに。
この男爵家で生きていくならば、アリアお母さまとの関係は修復しておきたい。せめて殺されない程度に修復しておくことは急務だ。死にたくない。
でもこの軟禁を解かれない限り、謝りに行くこともできない。まあ別に謝罪の言葉は思いついていないのだが。
お互い誤解していたよね、というような喧嘩両成敗に持ち込めないだろうか。
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