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血の気が失せる、とはこのことを言うのだろう。身体からサーッと熱が落ちるような感覚だった。
ベンお父さまが、あの優しく迎えてくれた人が。
どくどくと激しく血を押し返そうとする音は変に強く聞こえるのに、息がどんどん浅くなる。
私たちがここにいることを知っている大人までもグルだったら、こうしていたら本当に売られてしまうかもしれない。
何が逆ハーレムだ。今の命すら怪しいじゃないか!!!
帰りたい。
”母さん”のところに帰って、怖かったと泣きついて、ひどいひとがいたんだと抱きしめてもらって、守ってもらって、そしていつもの日常に戻りたい。
泣き叫びたいのにヒューと喉から息だけが漏れた。
なぜ泣けないのか。動けないのか。あぁ、そういえば魔力切れだったからだ。早く回復しないと、それで、それで
どうしよう
「女だけですか。男のチビは変わった客が高値をつけるんですがね……ッ!!!このガキ!!」
「ぐえっ」
ドンッと衝撃が身体の上に乗る。
「噛みつきやがった。おい、なんか噛ませとけ」
「俺たちに触るな!」
私の上に落ちてきたのはユーリらしい。先ほどの野性味あふれる呻き声は私だ。ユーリはいつから動けていたのか、どうやら人さらいに抗っているらしい。
こんな状況なのに、ユーリの声が耳に届いて恐怖で泣きそうになっていた心が、今度は安心で泣きそうになった。
ギュ、ギュ、と革靴の音が近づいてくる。
その音が近づく度に、ユーリが守るように覆いかぶさるように身を乗り出した。
ちょっと重いが、ユーリの気持ちにもう胸が詰まってだんだん私の意識もハッキリとしてくるようだった。その証拠に指先、足先がクイクイと動いた。
「男の方はうちで飼うように言われているんだ。暫くして機会があったら連れてこよう」
「はは、それはどうも。チビのうちに連れてきてもらえると助かります」
やっと瞼がパチリと開き、状況を理解する。
ベンお父さまは転がされている私たちの前に立つと、ヒヤリとする冷たい目でこちらを見下ろしていた。
ヒッと息を飲んだ瞬間、部屋の扉の向こうから「おい、騎士団のやつらが見回りをしてる」と声をかけられた。ただの町人にも見える男たち数人が「巡回の時間が過ぎたら出発だ。あんたも時間をずらして出てってくれ」と面倒そうに部屋から出て行った。
「サルージ男爵、なぜこんなことをッぐぁっ」
身体の上に感じていた重さと熱が急に遠くなる。
「賢い君なら、今はどうするべきだかわかるだろう?」
ユーリが、持ち上げられたからだ。
苦しそうな声にぐわりと熱が上る。
「ベンお父さま!!やめて!!!」
「───王妃派のごちそうになりたくないなら、黙って飼われるべきだよ。”ユリウス殿下”」
私の叫び声と、ベンお父さまの声は同時だった。
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