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……基礎、基礎にしよう。小さく、ショボイやつ。”魔術が使えた”というだけ伝わればいいのだから。ここで圧倒的な力を見せつけてアダムを土下座させ、完全服従させるのも楽しそうだが、変に利用出来ると思われては困る。また魔術師をやるほどの魔力量があるわけでもないし。
アダムと視線を合わせ、胸の辺りをポンポンと示し教えてあげる。
私のジェスチャーで気付いたのか、自分の胸辺りにサッと手を当てた。思った感触が無かったのか、わずかに視線をジャケットに流し、ふむと小さく息を吐いた。
「……なるほど」
アダムは手を差し出した。消したものを返せと。
なに!?私の自慢の銀の記章が無くなっているぞ!?すごーい!だとか、そういうわかりやすい反応を見せてもらえないと。やりがいがないというものだ。
やれやれと両手を身体の前に差し出す。
その両手の上には何もなく、またアダムの眉はピクリと動いた。どうやら無くなると困るものだったらしい。
アダムの視線が注がれた両手を返し、握る。
それをアダムの方へ少し揺らし、ニッコリと煽っ……ごほん。笑顔を向けた。
「ふざけてないで返しなさい。右です」
ピキピキと聞こえてきそうなほど額に筋が浮かんでいる。子ども相手にそこまで怒らないでほしい。これはお望みの”余興”なのだから。
右手をくるりと再び返し、手をひらく。そこにはなにもない。
「ユーリは、私と一緒にいた男の子は無事なの?」
「……消したものを私に返したら、教えてあげましょう。左です」
左手をくるりと返し、見せてあげる。何もない手を。
「私のふざけた遊びに付き合ってくれるぐらい、大切なものなんですね」
ピンッと張った空気の中、私とアダムは睨みあう。
私も男爵家で学んだのだ。貴族のやり方というものを。
アダムは装飾の類を身に着けていなかった。しかし仕立ての良いスーツを隙なく整え、一つだけ胸元で誇らしげに輝いていた銀の記章が、アダムの身分を示していた。
それがアダムの大切なものだというのならば。遠慮なく、交渉材料にさせていただこう。
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