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いやいやいや、前世で読んだ本のヒーローはだいたいこういう特徴を完備していたので、存在はする。うん。たまたま、まだ、出会っていなかっただけ。うん。いるにはいる。
例えば、過酷な環境の国では国王一人に妃が大人数というシステムを採用していると聞いた覚えがある。
私の好みを全て満たす人間が私を選ぶ可能性は天文学的数字かもしれないが、一つだけでも条件を満たす人間がそれぞれそばにいるという状況はつまり全ての好みを満たせるということなのでは?さすが天才。逆転の発想である。
条件を一人で完備するのが難しいだけで、一つ一つはそう珍しいことじゃないと思うんだとも弟子に言ったこともあるが、悲しい生き物を見るような視線を投げられただけだった。弟子のくせに。弟子なら師匠のために条件に合う人物を探して連れてくるべきでは。
……こんな文句も、もう今更である。
あれから何年経ったか知らないが、弟子もさすがにもう生きていないだろう。
弟子との別れは覚えていない。どうして死んだのかも忘れている。
もしかしたらあの弟子だけは私の死に際に泣いてくれたかもしれない。そんなことも覚えていないだなんて薄情じゃないか。
なんだか、故郷を離れた時より寂しいじゃないか。
顔を枕に押し付け、やめやめ!と声を出す。
私が今考えないといけないのは、これからのことである。
現実逃避もそこそこに部屋の中にあった鏡の前に立つ。
前世で私を大陸最強と言わしめた魔力量の分、今世では顔面レベルが引きあがったのだろうか。そうじゃないと割に合わないほど現在の生み出せる魔力が少ない。
”村一番のべっぴんさん”とチヤホヤされた、柔らかい頬をゆるりと撫でた。
この顔に免じて貴族界隈でもそこそこ楽しく暮らせやしないだろうか。
そう、本当にそこそこでいいのだ。
世界で一番はもう経験済みなので、そこそこで良い。
トップオブザワールドはそれはそれで面倒なのだ。
テッペンをとった孤高の天才魔術師であった前世はそれなりに充実した人生だったと思う。
しかし、仲間とか友情とか青春とか、そういうものに並々ならぬ憧れを抱いていたのだった……!
みんなで一緒に目標に向かって切磋琢磨するとか
みんなで努力して何かを達成するとか
時にはぶつけ合ってすったもんだするとか、そういうのだ。鉄板のやつ。
無意識に欲望に忠実だったのか今の世は、まさに前世の願望が叶っていたと言ってもいい。
しかし、私のチヤホヤ生活は貴族の家に引き取られることで終わってしまった。
貴族の生活に仲間・友情・青春なんてあるだろうか?いいや、望みは薄い。
いつか村に帰らせてもらえないだろうか。
──生きる場所が選べないなんて、不憫な今世である。天才的に可愛いのに。
ピーンと頭の中でもう一つ。何かが頭の中でひらめいた。
生きる場所が選べない今世
一度満たされてしまった前世の”虚ろ”
私の心情を映すように、ピシャーンと外では雷が落ちた。
バチバチと雨が勢いよく窓を叩く。
「つまり私の”ハーレム”をこれからつくればいいんじゃない?」
ハーレム。私が主なら逆ハーレム?
前世で読んだ本には皆がヒロインに夢中のチヤホヤめくるめく甘い世界の描写があった。実際に見たことはないが、存在はすると思う。うん。無ければつくればいいだけ!
前世の記憶が疼いている!
「そうよ、生きる場所が選べないなら、私の生きる場所にハーレムをつくればいいのよ」
天啓を得た呟きは雷と雨音でかき消され、私のヒロイン人生は調子良く滑り出した。
────物語のヒロインはいつだってそんな俗物的なことを言わないのである。
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