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「───私ね、馬鹿は嫌いなの」
繋がれていた手はゆるりと曲げられているだけで、決して握ってこない。
その感触は育ての母だった人とは全く違い、白くて細くて柔らかく。冷たく感じた。
乾燥していて硬くても、”母さん”の手は温かくて安心できた。
そんなことを考えていたことが見透かされたのかと、上から降ってきた冷たい言葉に弾かれるように視線を上げた。
見上げれば木漏れ日がきらきらと降り注ぎ、眩しい光りの中で赤い髪がそよそよと靡いていた。
「あぁいやだ、なんて間抜けそうな顔なのかしら。邪魔だけはしないでほしいわね」
微笑んでいるかのように口角は優しく上がっているが、視線は鋭く、冷たかった。
そこには肉親の情だとか、そんなものは全く感じない。
───どうやらこちらが”お母さま”の本性のようだ。
本性を現した母と名乗る女性と対自して、自然と後ずさりをしていたことに気付く。
綺麗なドレスが土に汚れることも厭わず、私と視線を合わせるように腰を落とし、幸せそうな顔と視線を作る”お母さま”は顔を近づけ「良いこと?」と小声で囁く。
「アンだった頃のことは忘れなさい、アンネリーゼ。これからここで無事に暮らすつもりなら私の言うことには“はい”とだけ答えるの」
なぜ、と反抗的な気持ちが顔に出ていたのか冷たい視線が降り注ぐ。
そして聞き分け来ない子どもに諭すように歌うように囁かれる。
「───あなたが悪い子だと、アンの村が消えちゃうのよ」
ガン、と頭を殴られた気分だった。
最悪の展開になるのは自分だけでは無かったのだ。
私が、アンが育った村が。母さんや父さんに弟や妹がいる村が。あのなんでもない村が消える。
あぁ、そうだった。
”貴族”はそれが出来る存在だったことを、たった今、思い出した。
今世の、”私”の立ち位置も、遅れて理解した。
私の動揺した様子が思い通りだったのか、アリアお母さまはまるで聖母かのように優しい笑みを作った。
「ようこそ、アンネリーゼ。賢く、生きなさい」
────ヒロインはいつも逆境に立たされるとはよく言ったものである。
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