ヒロイン、貴族になる

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ヒロイン、貴族になる

「────アンネリーゼッ! その指輪はわたくしが殿下からいただいたものよ!」  歴史を感じる煌びやかな玄関ホールに、絹を切り裂くような悲鳴に近い叫びが響いた。  叫び声の主が階段を駆け下りるたび、豪奢な金の髪が揺れた。  そして、先を歩いていた少女がゆったりと、もったいぶって振り向いた。 「お姉様……」  振り向いた桃色の髪の少女は新緑の瞳をパチリと瞬く。きょとんと、取り乱した様子の令嬢とは対照的に落ち着き払ってさえいた。  その小ぶりな手にあったのは見事な指輪。  まさしくそれが、争いの種となったものだった。  指輪の輝きを認めると同時に令嬢の髪が逆立つかのように揺れた。 「返しなさいッ!」  もうあと一歩で届くという時にひらりと躱され、白い手が空を切った。  睨み上げるような視線を受けた少女の新緑の瞳が蠱惑的に細められたことに、何人気付いただろうか。 「そんなに怖いお顔をしないでくださいませ。……それに、この宝石はお姉様に似合わないのですから、いいじゃない」 「何を……っ」  少女の目の前に立つ金の髪の令嬢には、ありありとその様が見えた。  そして、小さく囁かれた言葉が耳に入ったのはきっと近くに立つ令嬢だけ。その証拠に令嬢の表情が怒りに染まった。  しかし、生まれながらにして高位貴族の令嬢である彼女は怒りを内に押し隠し、冷静さを取り戻した。 「────今なら許します。お父様にも、殿下にも、ユリウス様にも言いません。今すぐ、それをわたくしに返しなさい。アンネリーゼ・シュベルト」  その堂々とした姿はまさしく王族の婚約者という出で立ちで、圧倒されるような力があった。 「いやよ。私、これが気に入ったの。……だから、」  しかし、アンネリーゼと呼ばれた少女の瞳には宝石しか映っていない。  うっとりとした様子で頬を寄せ、視線を流す。 「この殿下からのプレゼントを、どうか可愛い妹にくださいな」  その表情の、仕草の愛らしいこと。  しかしそれは金の髪の令嬢の逆鱗に触れたようだった。 「あなたって子はッ! お父様や、皆さまだけでは足りないというの!? わたくしから殿下まで奪おうとするなんて……!」  令嬢の手が少女の方へと伸ばされる。  しかし、二人のうち片方だけが運命の手の隙間から零れ落ちていくように  豪奢なドレスが花のように舞い、花弁のように  揺れ、落ちた。    階段から滑り落ちた身体がふわりと浮く。   誰の手も間に合わない。  手を伸ばす令嬢の指先は、奈落の底へ落ち行く少女には届かない。  上質なベルベットのような手触りの桃色の髪が、ふわりと浮かぶ。  その溺れるような髪の中で、少女は不敵に笑った。
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