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そう言って手を差し伸べてくれた。思わず俺はその手を取って、立ち上がる。
店のネオンで目がチカチカするせいか、これは夢か現か、ちょっと戸惑いを覚えた。
あの愛唯がこんな大人になっているだなんて。
声も少し低くなって、耳に残っている中坊の頃の愛唯の声じゃない。
“久しぶり”なんて言葉が、俺たちの間に介在する時が来るなんて思いもしなかったほど、ずっと一緒に、いつも一緒にいたのに。
思わず凝視してしまう俺とは対照的に、愛唯は周りをきょろきょろとする。
肩の上で毛先が躍る。そして耳が覗いた。
そこにはクリアなシリコン製のものが埋め込まれていた。
ああ、ピアス、開けたんだな。
忘れてない。
「愛唯、今日誕生日だろ。おめでと」
「うん。彼氏と待ち合わせなんだけど、遅いなー」
素っ気なく答え、愛唯は自分の腕時計を見る。
その仕草に俺の胸は甘酸っぱい気持ちで一杯になった。
「あ、来た来た。こっちこっちー!」
高そうなスーツ姿の、サラリーマンぽい男の姿を見つけた愛唯の笑顔が弾ける。
「じゃね、めぐ」
彼女は俺に片手を挙げて、その男の腕に絡みついた。
俺は無意識で去り行く愛唯に手を伸ばす。
けれど、引っ張る三つ編みのお下げは、もう、ない。
俺の手は宙で空回りをし、ふたりは店に吸い込まれていく。
その水色の看板の店は――。
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