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男は一度大きく深呼吸をした。そして不思議そうにこんなことをいう。
「煙草じゃないのかそれ、臭いが違う」
「香草だよ。子供が産まれたばっかりだから煙草吸うんじゃねえって文句言われた」
煙草がいかに体に悪いか、頭を悪くするか、中毒性があるか、金がかかるか、良いことなど一つもないのにまだ吸うつもりなのか、と知識と文句を延々三十分ほど語られては吸うわけにはいかない。
「んで? 噂の英雄が血まみれになって何してんの」
目の前にいるのが炎獄だというのはすぐわかった。魔力の属性が完全に火だ、それも今にも自然発火するのではないかというくらいに強い魔力を感じる。
「最近は暗殺してこようとする馬鹿が増えたからな。俺の苦手な水属性の魔法使いがたくさんかかってくるから、魔法以外の手段で反撃しただけだ」
魔法使いは魔法しか使えないと思われがちだが、剣術や体術を学ぶのは当たり前だ。そもそも魔法を使うのには体力がいるし、魔法使いを利用してやろうと思うものは大勢いる。
自分の命を守るためにも戦う術を複数持っているのが魔法使いというものなのである。
「俺もこの状態で帰ったら追い出される。娘が産まれたばかりだから血臭い姿で近寄るなってブチ切れられそうだ」
「意外だな、英雄殿は尻に敷かれるタイプか」
「ブチ切れるのはカミさんを子供の頃から面倒を見てきたメイドだ。逆らうと夕飯抜きだ」
軽口を叩くが彼の目は悲しげだ。
「彼女は生まれつき心臓に病があって長生きはできないって言われてた。そんな中で俺と結婚して出産までしてくれた。子供を抱っこできたのは一回だけだ。今は天国で趣味の刺繍でもしてるさ」
「そっか」
ロジクスが自分の羽織っていたローブを脱いで手渡した。
「雨降らせるの面倒だからそれ着てさっさと走ってけ」
「やはり魔法使いか、どこの所属だ」
「安月給のなんちゃって教師だよ」
魔法学校の教師の給与はどんどん減ってきている。おそらく資金源が魔法教会に搾取されているのだ。
「金の動きが激しい時は戦いの準備をしている時。学校もいよいよ内紛に参加することになりそうだ。教師の中にも戦いは正義だ、みたいな演説が増えた。典型的な洗脳の第一歩が始まってる」
「……。子供たちを戦争の道具に利用するのか」
「そうならないためにできる事はたくさんあるんだろうが。あいにく俺は身動きが取れない。すべての学校が魔法教会の支配下になったら、次の世代の魔法使いは絶対に戦う以外の選択肢がなくなる」
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