5 顔が良い女と推し百合カプ

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5 顔が良い女と推し百合カプ

 暫定ルイちゃん(仮)とそんな話をしている最中に、コンコン、と裏口らしいキッチン脇の扉からノック音が聞こえてくる。  ルイちゃん(仮)が「はーい」と返事をすると、扉の向こうの人物はドアを開けて入って来た。  一言で説明するならば、入って来た人物は、女騎士だった。  まず最初に目に付くのは、芸術品と見紛う程に美しいかんばせ。健康的な色合いの肌にはニキビどころかシミ一つ無く、水滴が乗りそうな程長く密度も高い睫毛に彩られた切れ長の目は凛とした印象を与える。  瞳は初夏の青々しい木々を思わせる深緑色で、髪は対照的に鮮やかな緋色をしている。その御髪は肩までくらいの長さで、サイドを編み込んでハーフアップにしていた。  次に印象深いのは、顔ぐらいしか肌が見えるところが無い程に着込んだ鎧。デザイン性より性能を重視した無骨な見た目であるが、背が高く体格が良いためか様になっている。胸の部分が男性用の鎧より膨らんでおり、その下には柔らかで大きな丘が二つ隠れているだろうと想像が出来る。下手したら、そういうデザインであり男性であるだろうと勘違いする人も居るかもしれない。  足全体も腹回りも胸元も腕も露出が一切無く、ゲームや漫画でよくありがちな女騎士、または男装(笑)とは似ても似つかぬ騎士っぷりで「これだよこれ、こういうので良いんだよ」と世間で一般的な女騎士のビジュアルに不満を抱く人々も大満足なこと間違いなしの、女らしさを必要最低限に抑えた様相であった。  しかし、高級そうなファーのついた、表が白、裏地が赤のマントが無骨さ極振りでやや近寄りがたさのある見た目を緩和し、格好良い「騎士様」のイメージに仕上げている。  そんな騎士然とした、長身でおっぱいの付いたイケメンな彼女は、いくつかの食材が入ったバスケットを持ち上げて、ルイちゃん(仮)に向けてはにかんだ。 「頼まれていたもの、買ってきたぞ」 「おかえり、ジュリアちゃん。ごめんね、お仕事があるのにお使い頼んじゃって」 「気にするな。巡回のついでだと言ったのは私の方だ」 「えへへ、ありがとう」 「オ……オァ……!?」  オアーーーーーーーーッ!? ジュリアちゃん!? ジュリアちゃんナンデ!?  私は心の中で叫ぶ。否、同ジャンルのオタクならば、叫ばずには居られないに決まっている。  何故なら。 「ん? 彼女は……そうか、無事に目を覚ましたのか」 「トワさんってお名前で、遠くの方から来た旅人さんなんだって」 「そうか。……ああ、そう身構えなくても良い。私はパラディーソ王国第三騎士団団長、ルージュリアン・ローズブレイドだ。今はこの山岳都市ウィーヴェンの領主も兼任している」  そしてパラディーソ王国の四大公爵家の一つ、ローズブレイド家のご令嬢で、ルイちゃんの幼馴染みでもある。歳はルイちゃんの二つ上。  そう、ARK TALEの登場キャラクターの一人である。  突然だが、私は百合カプの中ではジュリア×ルイ(ジュリルイ)が最推しである。  ただし、ジュリルイは恋愛するカップリングではないのだ。粘膜接触はしないで欲しい。  えっちな要素が必要無い、何ならキスだって必要無い。言わば「綺麗な百合」だ。互いの存在が心の支えであり、唯一無二の関係性を築いてほしい。そういう穏やかで美しい、柔らかい春の日差しの中で手を繋ぎ微笑み合うような関係であってほしいのだ。  が、それはそれとして、ジュリルイのすけべも欲しい。解釈(それ)解釈(それ)すけべ(これ)すけべ(これ)である。  推しカプのすけべはいつだって欲しい。いくらでも欲しい。浴びるほど欲しい。欲しい。  そういう訳で、推しカプ(仮定)が現実(仮定)で、それも目の前で和やかに会話をしているシーンというものは、推してる者としては過剰摂取も甚だしい光景であった。  どんな物質にも、例えば水にも致死量があるように、劇物にも等しいものとなってしまっているわけであり。  要するに、公式(げんじつ)の供給が過多なのだ。  私は推しカプのオーバードーズにより、体を震わせはふはふと浅い息を繰り返すことしか出来なかった。心臓はBPM180越えを刻み、鏡がないので確認しようが無いが、恐らく瞳孔はガン開きになっているだろう。  こんなん限界化しない方がおかしいっての。 「肩書きは偉そうに聞こえるが、気軽に接してくれて構わない。私も堅苦しいのは苦手でな」  そんな私の様子を見て怯えられていると思ったのだろうか、ジュリア(仮)は視線を合わせるためか、わざわざソファーに座っている私の前で膝を床に着いてまでして、顔を覗き込んできた。  顔面種族値600族の顔に眉を八の字にした困り笑顔で。  同性とも異性とも判別付かない中性的な美の暴力で殴られて私の心は爆発四散。諸行無常。 「んなーぅ」  唐突な推し百合カプの供給に卒倒しそうな勢いで興奮していた私の耳に、少し前に聞いた覚えのある猫っぽい鳴き声が届く。  それはジュリア(仮)の足下から聞こえてきて、意識するままにそちらに視線を向けると、ミルクティー色の毛玉みたいなまん丸ふわふわの生き物――チンチラモドキがそこに居た。  その瞬間、靄がかった記憶が鮮明になる。  ここに来る前の、体が造り変えられる感覚を思い出した。 「おっ……お前ーッ!」 「やはり君の連れだったのか。良かったな、お前のご主人は元気みたいだぞ」 「なうん」  思わず漫画みたいに盛大に自称神のチンチラモドキもどきを指さした私の反応をどう勘違いしたのか、ジュリア(仮)は微笑ましいと言わんばかりの微笑みを毛玉と私に向ける。  違う、違うんだ。そいつは私の従魔とか相棒とかそういうんじゃない! コイツはもっと邪悪な存在なんだって!  そうは言いたいが、今そんなことを言ったところで信じてもらえるとは思えないし、むしろ私が頭のおかしいヤベー奴だと思われかねないので、ぐっと唇を噛んでこらえた。  彼女の口ぶりから、恐らく最初は私と一緒に居たようだが、ジュリア(仮)と共に姿を現したということは、彼女のお使いに着いて行っていたようだ。フリーダムかよ。  茶色毛玉は声帯が入れ替わったように可愛い鳴き声を上げて、見た目だけなら愛嬌たっぷりの愛らしい顔と仕草で私の膝に乗ってくる。  やめんかい! 「ルイからここに来た経緯を聞いているか?」 「ひゃいっ……! え、と、近くの川で倒れていたのを助けていただいたようで……お手数おかけしました、本当」  顔が良すぎてジュリア(仮)とマトモに顔を合わせられない。返事も声が裏返ってしまったし恥ずかしい。  話しながら、私は恥ずかしさを紛らわすために、図々しく膝の上で毛繕いを始めた毛玉を一通りモフって毛並みをぐしゃぐしゃにしてから、膝から下ろした。 「気にするな。それで、どうしてあんな所で倒れていたのか、覚えているか?」  その質問に、私は言葉が詰まる。  ルイちゃん(仮)から聞いた事から推理するに、恐らく私が発見された場所には相当な血痕があったらしい。にも関わらず、実際発見された私は無傷そのもの。ピンピンしている。  そんな不可思議現象が起こっているのなら、ゲーム設定通りであれば現代で言うところの警察にあたる騎士のジュリア(仮)は調査するに決まっている。そうでなくても興味本位で聞いてくる人が殆どだろう。  ちらりとジュリア(仮)の様子を伺う。深緑の瞳はしかと私を見据えており、何かを探っているようにも見える。  私はすぐに視線を逸らす。ジュリア(仮)の顔が良すぎて長時間見ていたら目が大佐になってしまいかねない。  美人って凄い。語弊無しに顔が武器になる。  再びさりげなく膝の上に乗ってきた毛玉を、これまたさりげなく膝から下ろして、私はややあって答える。 「す……み、ません。記憶が混乱しているみたいでハッキリとは……」 「ふむ、そうか」  とりあえずこの場をお茶を濁しておいたが、この言い訳がどこまで通じるか分からない。後日もう一度聞かれる可能性が高いから、それまでにそれらしい嘘を考えておかなくてはならないだろう。  ジュリア(仮)はしばし考えるように顎に手を当てて視線を右下に向けて、数秒程黙り込む。しかし、すぐに何かしらの結論が出たらしく、再び大変目力のある美しい瞳を私に向けた。  私は目を合わせられなくて即座に視線を逸らした。  だって顔が良すぎて直視出来ないんだもの。 「すまないが、もう少し詳しく話を聞きたい。これから一緒に、屯所に来てもらいたいのだが」 「勾留って事ですかそれ!?」  私はジュリア(仮)の発言に思わず顔面を直視してしまったが、すぐに顔から視線を逸らした。  マジで顔が良すぎて語彙が消えて「顔が良い」しか言えないくらい顔が良い。マトモに見てしまったらガチ恋勢になってしまう。  ガチ恋勢になりとうない! メスになりとうない! いつも心はモブおじさんの自分がメス化するのは地雷です!  いや、しかし状況を考えると、ジュリア(仮)の言うことは尤もである。聞き込み調査は事件解決の基本なのだ。私がジュリア(仮)の立場だったら同じ事をしているだろう。  だが、私が言葉を発する前に、ルイちゃん(仮)がそれを別の提案をする。 「ジュリアちゃん、トワさんはさっき目が覚めたばかりだし、今日は私の家に泊まって休んでもらって、明日お話を聞いた方が良いんじゃないかな?」 「ルイちゃんの家に宿泊!?」  突然の押しの自宅へのお泊まり予定が出来てしまい混乱する私をよそに、ジュリア(仮)はルイちゃん(仮)に苦言を呈する。 「しかしだな、素性の知れない人物を泊めるのは些か賛同しかねるぞ」 「そうですよ!? 正直有り難いことこの上ないですけど、現状私、住所不定身元不明の浮浪者ですからね!? めっちゃ怪しいですからね!?」 「自分でそれを言うのか……」  私もぶんぶんと首を赤べこにする。  未成年の女の子がそう簡単に名前しか知らない人を家に上がらせるものじゃない。  もし私が性犯罪者だったり、息をするように殺人が出来るタイプの人間だったらどうするのだ。か弱い未成年の女の子一人じゃ危険極まりない。  正式にはこの世界では汎人――この世界で言う所の人間――換算で十六歳から成人ではあるのだが、現代でも大学生まではまだまだ子供みたいな所はある。誤差だよ誤差。 「トワさんとは少ししかお話してないけど、悪い人には思えないの。それに、重症を負った痕跡があるから、経過観察もしなきゃいけないでしょ?」 「いつものお人好しが出ているだけじゃないのか?」 「悪い人だったら、私の家に泊めるって言った時に、ジュリアちゃんの意見に賛同しないと思うの」 「それはそうだが……」  二人が視線を、会話を交わしている。  宗教画のように美しい光景に、私は無意識に胸の前で両手を合わせていた。  推しカプセンキュー……ッ!  しかし推しカプに悶えている場合では無い。ルイちゃん(仮)のお人好し加減につけ込むようだが、私はここで掌を180度回転させ、一世一代の大博打に出ることにした。 「あ、あの! 非常にご迷惑になることは承知ではありますが! 今晩だけで無くて、今後もお世話にならせていただくことは出来ないでしょうか!」  私が急に大声を上げたからか、討論をしていた二人は同時に私を見て、目を丸くする。  また膝に乗ってきていた毛玉をソファに置いて、「お願いします!」と叫びつつ勢い良くジャパニーズ土下座スタイルをとった。  ルイちゃん(仮)が慌てて「頭を上げてください!」と言うのも構わずに私は叫ぶ。 「私は実際問題、金も家も、記憶すら無い、無い無い尽くしの一般ホームレスです! が、掃除洗濯調理は並程度には出来ますし、接客業や経理の仕事を経験したことがあります! 先程ルイちゃ、ルイさんから薬屋をしているとお聞きしましたが、御社でもこの経験は充分に生かせると確信しております! 家事代行兼住み込み業務員として雇っていただけないでしょうか!?」  そう、現状一番頭を悩ませている問題。  それは、私が実質ホームレスだということだ。  金も無ければ、食う寝る所に住む所も無い。生活基盤が整っていなければ、そもそも生きていく事すら難しい。  とにかく今は、家と収入源を手に入れなければならないのだ。 「……入団試験の面接でも、こんな具体的な自己アピールをする人は見たことが無いな」  ジュリア(仮)の言う通り、自分を売り込むという点で、無意識なのか就職活動で培った面接経験がモロに出てしまった気がする。  今回はルイちゃん(仮)のお人好しな部分に情に訴えるという路線で行くはずだったのに、この台詞ではマイナスだろう。  やっぱり無理か、と思ったが、ジュリア(仮)は大きくため息をついた後、ルイちゃん(仮)を見て言った。 「どうするんだ?」  これは……ジュリア(仮)の方は折れたって事で良いのか!?  彼女に関しては、むしろ真面目に働きますアピールが必死に見えたのかもしれない。いや、実際必死なのだが。  一瞬だけ顔を上げてちらりとルイちゃん(仮)を見る。目が合うと、彼女はにこりと笑って膝を着き、今度は落ち着いた声で「顔を上げてください」と言った。 「丁度、近々人を雇おうと思ってたんです。こちらこそ、お願い出来ますか?」 「よ……喜んで!」  運良くホームレスから脱却した私は、心の中でガッツポーズをした。  上手くいった。上手く行き過ぎたと思うくらいで、想定通りに事が運んだというのに、私は心の何処かで不安を感じていた。
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