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7 今後の行動方針
げっ歯類の方のチンチラのように身軽にベッドに飛び乗った毛玉畜生は、枕の上に登ると、くるくると回って座りの良い位置を探し、ベストポジションを見つけたのか香箱座りをする。
私も手を下ろし、立ち上がってベッドへと腰掛ける。叫びすぎたのと諸々の精神的体力の消耗で、少々疲れてしまった。
「それにしても驚いたな。一介の薬師が騎士団長と知り合いだなんてね」
「ああ、それはルイちゃんとジュリアちゃんが幼馴染みだからだよ」
「幼馴染み? 身分が違うけれど、この時代にそんなことがあり得るのかい?」
「それはね――」
ジュリアがどうして身分の違うルイちゃんと幼馴染みという関係になっているのかというと、それは彼女達の過去に由来する。
幼い頃のジュリアは、今の騎士団長という肩書きからは想像できないが病弱で、彼女が使っていた薬を作っていたのがルイちゃんの父親だった。ルイちゃんの父親は、公爵家お抱えの薬師だったというわけである。
父親が大好きで職場にもちょくちょく遊びに来ていたルイちゃんは、父親に着いていった先で年の近いジュリアと出会って意気投合し、それ以来、姉妹のように仲の良い親友になったという訳だ。
ジュリアの方が年上ではあるのだが、公式ストーリー内では、落ち着いているように見えて割と短気な彼女をルイが宥めるシーンがそこそこあり、期間限定イベントでは各々が「ジュリアちゃんは年上の妹だから」「ルイは私にとって姉のような人なんだ」と言っているシーンが存在している。
私は疑似家族が性癖なのでこの関係性は四倍弱点確定急所と言っても良いだろう。
――ということをオタク特有の熱量のある早口で語ってしまったが、毛玉畜生は一応ちゃんと聞いていてくれたらしい。返事は「ふうん、そうなんだ」と大変あっさりしたものだったが。
「ところで毛玉畜生」
「それって僕のことかい?」
「あっヤベッつい本音が」
「さっきは怒っていたようだったからそういう発言をしたんだと思っていたけど、もしかしなくても、君って普段から結構口が悪いんだね」
「やかましい」
可愛いのに言動のせいで小憎たらしく見える顔を片手で挟むように掴む。むぎゅっと潰れた顔が大変可愛らしいが、そう思ってしまう自分が悔しい。
「で、いい加減毛玉畜生って言いたくないから、君のことはどう呼べばいいのさ」
「好きなように呼ぶといいよ。それこそ『毛玉畜生』でもね」
「流石に人前でそれは駄目だから聞いているんだが?」
「そんなことを言われてもねぇ。固有名称がある化身もあるけど、この個体は名前というものが無くてね」
名前が無いのは流石に困る。
仕方が無いので、彼に名前を付けることにした。ネーミングセンスがあまりよろしくない自覚があるのでちょっと気後れするが、仕方が無いだろう。
「じゃあ、キャメル――いや、プロスタのライターさんが個人で公開してる小説のチンチラモドキから取ろうとしたけど、アレとは似ても似つかぬ邪神ぶりだしな……」
「君、僕のことをそんな風に思っていたのかい? 心外だなぁ」
「そりゃ一回殺され……殺された? のか? うんまあ似たようなことされてるんだから、そりゃそうよ」
「僕は邪神と呼ばれる程の力なんて持っていないのに」
「心外なのそこ?」
私からしたら充分邪神と言える力も言動もしていると思うのだが、毛玉本人としては、自称そんな力は無いらしい。
自分を神と言ったり、邪神と呼ばれるのは心外だと言ったり、矛盾を感じるが、今はおいておこう。
うんうんと唸って数十秒。ピンと来た名前が脳裏に浮かんだので、毛玉に提案してみる。
「……うん、よし、『ヘーゼル』とかはどうよ」
「悪くないんじゃないかな。ところで、どうしてその名前にしたんだい?」
「邪神で思いついたのがニャルラトホテプ。ニャルラトホテプはクトゥルフ神話においてトリックスター的立ち位置で、同じくトリックスターと呼ばれる神話世界の存在繋がりで、ギリシャ神話のヘルメス。ヘルメスから連想して、彼が持つ杖、カドゥケウス。その材料と言われているのはセイヨウハシバミで、その実はヘーゼルナッツと呼ばれている。って所まで考えて、見た目とそれっぽさを鑑みてヘーゼルナッツから取るか〜ってね」
「博識だね。僕はてっきり、単純に毛色からヘーゼルナッツを連想したのかと」
「オタクは妙なところで博識なんだよ。そうだ、それで一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい?」
「後からチート能力付けてもらうことって可能です?」
「最強設定は嫌いなんじゃなかったっけ?」
「推しを守るためならこだわりなんてドブに捨てるよ」
こだわりというものは自分のスタンスを確立させるのに有用ではあるが、時には足を引っ張る足手まといになりかねない。必要に応じて取捨選択をするべきものだ。
だから世界救済という業務に支障が出てしまいかねない私の私情は、必要無い。
いや、ある意味私情挟みまくりだけども。
「出来るけど、僕の方からNGを出させてもらうよ。これ以上の改造をしたら、モルド体を肉体から剥離することが出来なくなってしまうからね」
必殺仕事人の覚悟を決めた私だったが、まさかの毛玉畜生改めヘーゼルの方からNG判定が出た。
「それって、元の世界に帰れなくなるとか、そういうデメリットがあったり?」
「帰れはするよ。でも、君達ニンゲンはモルド体への抗体を持っていないから、もし君に組み込んだモルド体が他者に感染でもしたら、そこから致命的なバイオハザードが起きるだろうね」
「うん分かった最初からチート能力強請らなかった私が悪いです自力で頑張ります」
ヘーゼルの返答に即座に返答する。過去の私をぶん殴ってチート能力を授けてもらう方法って無いのだろうか。
後悔先に立たずとは言うが、こんな形で改めて実感するとは思わなかった。
いや普通思わんでしょ。今回ばかりは流石に私は悪くない。
「まあ安心するといいよ。戦闘能力に関しては、最低限出来るようにしてあるから」
「えっ、そうなの?」
「流石に負け戦にするわけにはいかないからね」
「それもそうか……最低限って、具体的には?」
「剣術、弓術、呪文、近接戦闘、その他諸々の戦闘技能は、大体ARK TALEの星三キャラくらいの能力はあるはずだ。後は、君の努力次第ってところだね」
ARK TALEのキャラクターは下から星一から星五までのランクがあり、ガチャ等で手に入るキャラクターは星三が最高ランクとなる。
各キャラクターに対応するキャラピースを一定数集めることでランクアップできる形式だ。
ちなみにルイちゃんの初期ランクは星一、ジュリアは星三である。
つまり、ガチャ産最高ランクではあるが、最大限のパフォーマンスを発揮するには努力が必要、という感じだろう。最初から星三のキャラより、星五まで育てた星二・星一の方が強い事もあるし、人権性能を手に入れられるかは自分次第といった所か。
星三程度の才能を手に入れたとはいえ、それを鍛えなければ無いのと同じ。まずは自分に合った戦闘スタイルを見つけるのが先決だ。
「さて、方針としてはどうするんだい?」
「待機」
「……何もしないのかい?」
「いいや」
一度立ち上がり、窓の傍まで移動する。
山岳地帯の街であるからか、窓からは町と、郊外の農耕地域まで見渡せる。少なくとも見渡せる範囲で山が見えない場所は無く、それらの山々は霞んで青みがかって見える。
「ARK TALEの本編が始まるのは春。窓の外を見てみ? 山が紅葉しているし、街中の木々は黄色い葉をつけている。シキヨウだっけ? それの葉が黄色くなるのは秋だってルイちゃんが言っていたから、今の季節は秋だ」
「うん。それで?」
「主人公が来たら、ルイちゃんは主人公と一緒に箱舟に乗って旅をすることになるけど、そのルイちゃんがウィーヴェンに住居を構えているということは、今は本編開始より半年以上前であることはまず間違いない」
今の私に戦闘能力が備わってない以上、使えるものはゲーム知識とメタ知識のみ。
もし今から動くのだとしたら、それらを駆使して、計画的に行動しなければならないだろう。
それならば、どうするか。
「本編が開始されるまでに、私の戦闘力を鍛えて、情報を集め、協力者を集い、確実に本編ルートに行けるよう準備しておかないと」
「なるほど、原作ルートに軌道修正する方針でいくんだね」
「そういうこと。あー、後でルイちゃんに何歳か聞いとかないと……。原作時点では17歳で、誕生日が12月21日だから、おおよその期間が把握出来るはず」
独り言を呟き脳内でToDoリストを作っていると、相変わらず香箱座りのままなヘーゼルが問いかけてくる。
「それで良いんだね?」
「何がよ」
「本当に、その方針で良いんだね?」
その口調は、TRPGでプレイヤーが宣言した行動の最終確認を取るゲームマスターのようで、暗に「他にもっと良いルートがあるけれど、敢えてこのルートを通るってことで良いんですね?」と言われているような不安感を覚えた。
しかし現状、安全牌を取るとしたら、少なくとも私にはこの行動方針以外考えられない。
言い表せない不安によるむず痒さを耐えて、答えた。
「なにさ急に……確かに完結してないっていう不安要素はあるけど、IFルート作成とかいう博打を打つよりはマシでしょ。少なくとも途中までは、どんな展開が起こるかを知っているんだからさ」
「それも一理あるか。まあ僕としては、結果的に300年後に繋がるようにしてくれれば、どんな手段を取っても構わないけどね。結果良ければ全て良し、ってやつだよ」
ヘーゼルは興味が失せたように欠伸を一つして、ごめん寝ポーズで昼寝を始めてしまった。
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