8 可哀想な推しは可愛い

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8 可哀想な推しは可愛い

 ちゅりりり、と鳥のさえずりで目が覚める。外を見ると、もうすっかり日は高く昇っている。 「寝過ぎた……」  起き上がって、着替えを探して周囲を見渡して、はたと気付く。  自分の部屋ではない。どうして? と一瞬疑問が浮かぶが、そういえばと独りごちる。 「そうだ、異世界召喚されたんだっけ……」  夢のような話、いや、あまり良い意味ではないので妄想のような話と言うべきだろうか。  ともかく事実は小説よりも奇なりとは言うが、私は異世界に来てしまった事を思い出した。  それも、推しゲームの世界というご都合展開だ。  私は朝からため息をついて、元凶たる自称神の毛玉畜生を探す。 「おーい毛玉畜生、じゃなかった、ヘーゼルやーい」  部屋をざっと見て、毛布をめくったりもしたのだが、あのミルクティー色の毛玉は見つからない。 「どこに行ったあいつ」  とりあえず着替えることにする。  私はルイちゃんより背も肩幅も腹回りもデカく、ついでに日本人体型特有の胴長短足であるが故にサイズが合わなかったので、ルイちゃんの服ではなく、普段から置いてあるというジュリアの服を使わせてもらっている。  冷静に考えてルイちゃんの家にジュリア用の服が常備されてるってどういうことなの?  ジュリルイ? ジュリルイなの? 半分同棲しているって認識でよろしいか?  ありがとう公式設定(げんじつ)。  もらった着替えはシンプルなシャツとズボンだが、これまたサイズが合わない。主に胸の辺りと足の長さが。  肩幅やシャツの丈は丁度良いくらいだったが、悲しいかな、サラブレッドばりに細く長い足と比べると、標準的な日本人である私の足はコーギーみたいなものだった。応急処置として、引きずらないように何回か巻くっておいたが、早めに服を仕立てないといけなさそうだ。  靴も借り物でサイズが合わないので、こちらも早く自分に合うサイズのものを注文しないといけないだろう。何なら靴が一番重要まである。この世界は基本的に西洋スタイルで、家の中でも靴を履いているからね。  靴の踵を潰さないように部屋の外に出て階段を降り、一階のリビングに向かった。 「失礼しまーす……居ないや」  ルイちゃんの姿は見えない。どうやら別の部屋に居るようだ。  一階はキッチンとリビングの他に、トイレと風呂場(なんとこの世界では珍しい浴槽付き!)、それに店舗用の部屋がある。時間的に恐らく、ルイちゃんは店舗の方に居るのだろうと目星をつける。  そっとドアを開けて、店内を覗いてみる。予想通りルイちゃんは店番をしているが、店内に客は居らず、眠気をこらえるように欠伸をかみ殺していた。  店内は薬屋と言うより、ボタニカルな雰囲気の雑貨屋という感じだった。観葉植物のような植木鉢や小鉢がたくさんあり、ドライフラワーのリース等もある。  薬は小さな小瓶に入っていたり、可愛らしい小袋に入れて販売しているようだ。  私はドアの隙間から顔を出して、驚かせないように声量を絞って声をかけた。 「おはようございまーす……」 「あっ、おはようございます、トワさん。よく眠れたようで良かったです」 「どこでも眠れるのが特技の一つなもので……すみません、仕事の邪魔でしたか?」 「大丈夫ですよ、そんなにお客さんは来ないですから。朝ご飯、作ってあるので温めますね」 「ああいや、キッチンを貸していただけるなら自分でやりますんで! こう見えて料理は結構する方なんで! お店を空ける訳にもいかないでしょうし!」  咄嗟にそう口走ったものの、この世界のキッチンってどうやって使うのだろうか。まさか現代と同じコンロ形式だとは思えないが、昨日ちらりと見た限りではかまどではないことは確かだ。  まあ、魔力を使う的なものでなければ、少し触れば何とかなるだろう。 「気にしないでください。さっきも言いましたけど、お客さんはあんまり来ませんから」 「いやいやいやいや、不用心ですって! 防犯意識しっかりして! ただえさえ未成年の女の子の一人暮らしなんですから!」 「よ、よく未成年と間違われますけど、もう十六歳です! 立派な大人ですよぉ!」 「倍近く生きてる身からしてみれば子供みたいなものですー!」 「えっ!? そんな年上……あっ、ごめんなさい、失礼でしたよね!」  どうやらルイちゃんは、私の歳がもっと若いのだと思っていたらしい。  若く見られるなんて初めてなことで、喜べば良いのか照れればいいのかわからず、むず痒い気持ちで後頭部をガシガシと掻いた。 「いや、若く見られること無かったんで、嬉しいやら恥ずかしいやらって感じなんで気にしないでください。でも、悪いと思っているなら店番しててくださいお願いします」 「ちゅあ……わ、わかりました……」  生「ちゅあ」いただきましたーーーーーーー!!  ルイちゃんはスズメの鳥人であり、その設定からか、時々台詞に「ちゅん」等の鳴き声がたまに混じるのだ。  そして鳴き声系台詞の中でも「ちゅあ」系列の声は、落ち込んだ時、または羞恥に悶える時等に言う。  特にしょんぼりした感じの「ちゅあ……」が本当に可愛くてキュートアグレッションが刺激されてたまらない。可哀想は可愛いを体現している。可愛い。口に含んで味が無くなるまで舐め回して形が崩れない程度に甘噛みしたい。  そこまで考えた煩悩を頭を振って脳内から追い出し、キッチンへ向かおうとする。が、数歩も歩かない内に聞きそびれたことを一つ思い出して、再び店へと戻った。 「そういえば毛玉、ゴホン、ヘーゼルを見かけませんでした? あの茶色のチンチラモドキ、じゃなくてキャラット」 「大分前にお散歩に行ったみたいですよ。あの子、凄いですね! キャラットなのに、あんな繊細で難しい呪文(スペル)を使いこなしちゃうだなんて!」 「えっあいつ何やらかしたんですか」 「呪文(スペル)で焼きリンゴを作ったり、お皿を浮かせてしてました!」 「なんだそんなことか……」 「そんなことだなんて、とんでもないですよ! 特に物を移動させる呪文(スペル)なんて、凄く珍しい歪属性が使えるってことですし、その中でも高等呪文じゃないですか!」  魔法を実際に目にした子供のようにキラキラと目を輝かせて、興奮したように言うルイちゃん、完全に幼女のそれだが?  何? 可愛すぎるんだが? 可愛さで人を殺せるが?  それはそれとして、どうやらあの毛玉もとい、ヘーゼルが使っていた神様パワー的な何かは、どうやら高等呪文に入るらしい。ARK TALEは呪文(スペル)と呼ばれる魔法が存在するから、物を浮かせる程度はよくあるものと思っていた。  ルイちゃんに言われて思い出したが、そういえば原作や過去作でも、物を浮かせて移動させるスペルは描写されていなかった。  いわゆる攻撃魔法や回復魔法が一般的で、こういう魔法らしい魔法というのはプロスタワールドでは珍しい部類に入るのだろう。 「あー……えーっと、なんか当たり前みたいにやってるんで、なんか慣れちゃってて?」  適当に誤魔化そうと言い訳を口にした瞬間、ひらめきが脳内に走った。 「あのですね、実は一つ思い出したことがあるんです」  そう前置きをして、私は続ける。 「ルイさんが見た通り、ヘーゼルはキャラットとしては異質なレベルのスペルを使えるんですが、実は回復系のスペルも使えましてね。私を治してくれたのもあいつなんですよ」  名付けて、謎の血だまり事件の犯人をあいつに押しつけてしまえば良い作戦。  あいつ、私の同意無くR18Gなことやらかしてくれたんだし、多少の面倒を押しつけたって構わないだろう。因果応報というやつだ。  ルイちゃんに嘘をつくのは少し心苦しいが、優しい嘘ということで割り切ろう。 「キャラットがそんな呪文(スペル)を使えるなんて聞いた事無いですけど……でも、あんなすごい呪文(スペル)が使えるんですから、きっとそうなんですね! すごいなぁ……!」 「だから仲間にしてるってのもあるんですよーあっはっはっはっは」  流石に荒唐無稽かとも思ったが、純粋なルイちゃんは素直に信じてくれたようだ。  不意に、足下をふわふわしたものが通り抜ける。一瞬すねこすりか何かかと思ったが、犯人は噂の毛玉だった。 「んなー」  いつの間に居たのだろう。ヘーゼルは媚びた鳴き声を上げて私に挨拶をすると、次いでルイちゃんの元へと向かい、触り心地の良い毛皮を彼女のくるぶしにこすりつけた。  人語を話さないのは、昨夜私がそうするように頼んだからだ。流石に動物が人語を話すのは異常すぎるからね。 「おかえりなさい。トワさんから聞いたけど、あなた、ヘーゼルちゃんってお名前だったのね」  ルイちゃんはしゃがんで、足下にすり寄ってきたヘーゼルを優しく撫でる。  耳の後ろをこしょこしょとくすぐったり、喉の辺りを指の腹でなぞったり。ヘーゼルはんなんなと小さく鳴き声を上げていたが、余程気持ちが良かったのか、あっという間に猫がするように喉ゴロ音を発し始めた。 「んなるるるる。ゴロゴロブロロロドゥルルルンドゥルルルン」 「あはは、猫ちゃんみたいにゴロゴロ言ってる! 可愛い~!」 「外見は可愛く見えるけど、性格は全然可愛くないんだよなぁ……」
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