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9 事情聴取と推し百合カプの惚気
遅めの朝食を食べた後、ジュリアが迎えに来るまではルイちゃんに断りを入れて家の掃除をし、昼食時に来たジュリアと共に三人で昼食を取ってから、事情聴取のためにジュリアから連れられて屯所に向かった。
ちなみにヘーゼルは留守番だ。ルイちゃんのなでなでが相当お気に召したようで、ルイちゃんにまとわりついて離れなくなってしまったからだ。羨ましいそこ代われ。
屯所に着くと、若い男性の騎士を見張り役として付けられ、取調室へと通される。
仰々しい雰囲気の中で行われた事情聴取では、とりあえず謎の血だまり事件の犯人がヘーゼルの仕業(言い方を変えただけで嘘は言っていない)だと思うが、自身は記憶喪失だから真相は分からない、という設定で通して話をしたのだが、その話は案外すんなりと受け入れられた。根掘り葉掘り聞かれるだろうと身構えていた分、何だか肩透かしを食らった気分だった。
だが、問題はその後にあった。
どのくらい記憶を失っているのか確認がしたいと言われ、馬車――のような何か。馬のようだが、冬毛のように毛が長くて羊のようにくるりと巻いた角が生えている生き物が引いている車――で連れて行かれた先はジュリアの屋敷。その時点でまず一宇宙猫。
通された部屋に待っていたのは沢山の箱と服、そして仕立屋さん。お医者さんは部屋の端で居心地悪そうにしていた。これで二宇宙猫。
そして極めつけに興奮した様子のジュリアからの「やはりどんな時でも女性は美しくあらねばな!」の一言。思考が宇宙旅行を開始した瞬間だった。
あなたそんなキャラでしたっけ? と一瞬思ったが、そう言えばマイルーム台詞でも、女主人公に似合う髪飾りを見つけたからと、意気揚々とヘアアレンジをしようとする台詞があった。
それに一周年記念イベントストーリーでも、生き生きとした様子で女性陣を着飾ろうとお抱えデザイナーを呼んでいた事を思い出し、ギリギリキャラ崩壊ではないのかもしれないと正気を取り戻した。
とはいえ、フリルたっぷりフリフリフワフワのロリータ系衣装を持って「これはどうだ?」と言ってくるのは、その、そういうのはジュリルイでやってもろて……。
それに三十歳にその服装は好きな人か似合う人でもなければキツいって……。
ロリータ服は丁重にお断りしたが、着る物に困っている事も事実。とりあえず、数日着る分の服だけは有り難くいただくことにした。
まず今日着て行く分として選んだのは、貴族が用意した物だからどうしても高そうという感想は付くが、比較的装飾の少ないのレースアップスリーブの白いブラウスに、黒いウエストコートと、少し丈が長めで同じく黒色のニッカポッカパンツ、それと足のサイズに合ったボタンアップブーツ。そして数日分の着替えとして、似たようなものをいくつか、有り難く頂戴することにした。
ジュリアには「せめてこれだけでも!」と大きなリボンのついたキャスケット帽を押しつけられたが、まあ、うん、リボンが無ければまあ……うん……。着脱可能なのが救いだった。
実際に着てみると、思ったよりブラウスの生地が薄くて若干肌寒く感じたが、まあ良いだろう。フワフワフリフリに支配されるよりはマシだ。
一応、採寸されたり着せ替え人形にされながらではあるが、常識等の摺り合わせは行われた。一般常識を始め、貨幣の概念やスペルの知識等、お医者さんから質問を受け、それに返答するのを繰り返す形だった。
やはり異世界常識故に知らないものがあったし、貨幣単位は知っていたが紙幣が無く硬貨オンリーだったのは知らなかった。
だが、そういった知識の偏りや欠落があったことが逆にリアルだったらしい。割と素直に答えても、疑われることは無かった。
元の世界で事情聴取なんて受けた事なんて無かったが、それでも普通に事情聴取をするよりよっぽど精神的に疲れているだろう。家に帰ったら今後の計画を詳細に練ろうと思っていたのに、もう家に帰ったらすぐに泥のように眠りたい気分だった。
衣服は出来次第、ルイちゃんの家に送られることになった。ジュリアは相変わらずロリータ系の服を薦めて来たが、強い口調で仕立屋さんに「なるだけシンプルなのでお願いします」とお願いしてきた。
原作でも滅多に見せないジュリアのしょんぼり顔が見れたけど、素直に喜べなかった。
解放されたのは、日が暮れて空に夕日のグラデーションがかかり始めた頃だった。
帰りの馬車の中で、勧めた服を着なかったからか少し気落ちしている様子だったジュリアが、不意に思い出したように話しかけてくる。
「そうだ、一つ良いか?」
「何でしょう?」
「ルイはお人好しが過ぎて、悪人に騙されやすいんだ。私が居ない間は、君が目をかけてやってくれないか」
正直、そんな事を言われるだなんて思いもしなくて、私は恐らく間抜けなポカン顔になっていただろう。気付いたら口が開いていたので、慌てて口を閉じて口元に力を入れた。
「私、昨日会ったばかりの赤の他人ですよ? そんなこと頼んで良いんですか? もしかしたら、頃合いを見て店の金を持って蒸発するかもしれないですよ?」
素直に思ったことを言うと、今度はジュリアがポカン顔をする番だった。だがそれもたった数秒で、一つ咳払いをしたら、上品に少しだけ笑った。
「少し話してみてわかったが、君は隠し事をしているようだが、他人を害するような悪人ではない真面目な人柄だと分かったからな。君になら安心して任せられる」
ジュリアの言葉に、背中に氷を入れられたかのように背筋が冷たくなった。褒められているというのに、そんな言葉は右から左へと通り過ぎてしまった。
バレていた。いつから? 心臓が早鐘を打つ音がやけにうるさく感じた。
「隠し事なんて無いですよ、やだなぁ」
「まあ、そういうことにしておこう」
不敵に笑って答えるジュリアに対し、私は顔面蒼白になっていることだろう。動悸は激しいが、背筋も腹も指先までも寒いどころか冷たかった。
どう返そうか必死に脳をフル回転させていたが、タイミングを見計らったように馬車が止まる。どうやら、ルイちゃんの家に着いたようだ。
御者さんが恭しくドアを開けてエスコートしてくれたので、有り難く手を取って逃げるように馬車から降り、そそくさと荷物を回収する。
あからさまに怪しいが、これ以上ボロを出す前に逃げるが吉だ。
馬車から降りて、つい気になってジュリアを見る。彼女は嫌な感じのしない笑みを顔に浮かべて、真っ直ぐこちらを見つめていた。
「もし君自身のことを話したくなったらいつでも聞こう。私で良ければ力になるからな」
彼女はそう言い残し、馬車に揺られて去って行った。
馬車の姿が見えなくなるまで一応見送って、姿が見えなくなった瞬間、私は緊張から解き放たれた安心感から、盛大にため息を付いた。
ルージュリアン・ローズブレイド、思っていた以上に聡い女だ……!
今後、彼女の前で隠し事は出来ないと考えておいた方がいいだろう。
今回はその隠し事が悪いことではないと思われているから――事実そうなのだが――良かったが、これが「何か良からぬ事を企んでいる」と思われていたらどうなっていたか。
未だ吹き出る冷や汗を高価なブラウスの裾で拭いかけて、いけないこれは高いやつだから汚したくないと直前で気付いて、手の甲と掌で額を拭った。
こんな動揺した顔で居たらルイちゃんに心配をかけてしまうだろう。
玄関の前でしばらく深呼吸をして心を落ち着かせてから、私は家の中に入った。
「ただいま戻りました」
とはいえ、やはり他人、それも一晩泊まったとは言え、推しの家に入るという事実に緊張しない訳では無く。条件反射的に声を上げるも、やや上ずった声になってしまった。
夕方だったこともあって、既に店じまいをしたのだろう。
ルイちゃんはエプロンをつけて台所に立ち、夕飯の準備を始めた所だったようで、いくつかの食材を出している最中だった。
ヘーゼルは窓際に置かれた、朝には無かったはずのクッションの上で、元々丸い体を更に丸くして寝ていた。
私が帰ってきたことに気付いたルイちゃんは、嬉しそうに顔を綻ばせて振り返ると、「お帰りなさい」と弾んだ声で返事をした。
何だか年の離れた新妻に出迎えられた気分になって、嬉しいやら恥ずかしいやら、口角が変に上がって人前では見せられないマジキチスマイルになってしまいそうだったで、必死に奥歯を噛みしめ表情筋に力を入れて顔を固定する。
落ち着け私。嬉しいのは分かるが今ここで素の表情を出したらドン引きされるぞ。堪えろ、私。
ルイちゃんは出かけた時と服が違う事に気付くと、ぱぁっと目をキラキラさせる。
「わぁ……その服、とっても素敵! 凄くお似合いですね!」
「ちょっとジュリア……様のお屋敷に連れて行かれましてね。その時にいただいたんですよ」
普段のノリでつい呼び捨てにしてしまいそうになったが、ジュリアはお貴族様なのだ。一般人たる私が呼び捨てにして良い相手ではないのである。
ルイちゃんがジュリアをちゃん付けで呼ぶのを許されているのは幼馴染みという関係性だからであって、顔見知り程度の関係性である私がうっかり呼び捨てにしてしまったら、世界観的に不敬罪でしょっぴかれてもおかしくない。
しかし、こんな風に服装を褒められるなんてことはここ数年無かったものだから、小っ恥ずかしくて意味も無く指を組んでは解きを繰り返した。
「ジュリアちゃんから着せ替え人形にされませんでした?」
「されましたね」
「やっぱり……ごめんなさい。悪気は無いんだけど、人にお洒落させる時のジュリアちゃんはちょっと暴走しがちで……」
「えっ、いつもああなんです?」
「そうなんです……自分には似合わないけど、似合う人が着てるのを見てるだけで満足だ、なんて言って、私にもいつもフリフリの服を薦めて来るんです。そりゃあ、貴族の子が着るような服って凄く可愛いし、私のために選んでくれたプレゼントだから嬉しいですけど、そういうのを普段着には出来ないし……もうしまう場所無いって言ってるのに持ってきちゃうし……」
ルイちゃんは左側だけ三つ編みにしているサイドバングの先を指先でくるくると弄りながら続ける。
「でも、着なかったら明らかに落ち込んじゃうんですよ、ジュリアちゃん。だから、困るって口で言ってても、結局貰って着ちゃうんですけどね」
少しだけ恥ずかしそうに、そして幸せそうにはにかんでそう言った。
ちょっと待って。何その顔。完全に「女」の顔じゃん。貞淑な妻がする顔だよそれ。
思わず心臓を手で押さえてしまった。ゲーム内の表情差分だけでは知り得なかった推しの表情に、私は長く息を吸い、そのまま息を止めた。
――ありがとう世界。
傍目には素人は黙っててほしいと言わんばかりの表情になっていただろう私は、無意識に手を合わせ、推しカプの惚気トークという、現実なら九割九分の確率で幻覚でしか見れないだろう尊みを噛みしめた。
いや、厳密には惚気じゃないんだろうけども、ジュリルイを推してる身としては惚気にしか聞こえない話だった。
もしこの状況を見ている神的存在が居たら、覚えて帰って行ってください。これがオタクという生物の誇大解釈です。
「どうしたんですか、トワさん。急に手を合わせて」
「これは私の住んでいた地では『有り難い』『尊い』と感じた時、または感謝の気持ちを感じた時にする行動なんで気にしないでください」
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