1 推しと地雷と異世界召喚

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1 推しと地雷と異世界召喚

「――力が、欲しいか。忌むべきものを断罪し、悉く消し去る力が、欲しいか」  どこからともなく聞こえてくる問いに、オタクは応える。 「そんな力より、今からでも推しカプを最大手に出来る画力(ちから)が欲しい!」  それは、世界を救うために交わされた、誓約の契り。  この物語は、推しを愛し、推しカプを愛し――地雷カプを憎む一人のオタクが経験した、異郷訪問譚である。  午前六時十三分。夏のようなうだる暑さと秋冷えの寒暖差が激しい、晩秋初めの早朝のことだ。 「ハァ……ハァ……で、出来た……? ……で、出来た……!」  徹夜のせいでモニターの光がやたらと眩しく感じる視界の中、出来上がった原稿を隅から隅までチェックする。文章ソフトの校正機能をフルに活用し、ソフトの便利な機能に頼り切りになること無く、自分でも最初から最後まで読み直して誤字脱字が無いかを確認し、それを三回ほど繰り返す。  そうして校正を終えたら、ブラウザを立ち上げ、とあるホームページを開く。ホームページの上部には「ARK TALE(アークテイル)×ししのたに 二次創作コンテスト」の文字が書かれていた。  投稿フォームにタイトルを入力し、キャプションには起動していたテキストファイルにメモしていた小説のあらすじをコピー&ペーストして、Word形式で保存した本文のファイルをフォームにアップロードする。  目の下に隈を作って死んだ魚のような目をしつつも、口元だけは異様ににやけてしまっている人物――私は、このコンテストに参加するべく執筆をしていた。  毎週六連勤、繁忙期も相まって毎日残業をしつつも少ない睡眠時間を削って少しずつ進め、投稿期間終了が目前となった今日に限っては完全に睡眠時間をかなぐり捨てて、貫徹で仕上げたのだ。  カーテンの向こう側はとっくの昔に白んでいるし、出勤時間が差し迫っている。電源の入っていない液タブの画面に映った自分の顔は、今にも倒れそうな程の疲れを隠し切れていなかったが、やり遂げた達成感からか晴れ晴れとした雰囲気だった。  私は普段から、ARK TALEという異世界ファンタジーゲームの二次創作をしている。カップリング二次創作だ。  王道の恋愛感情系かけ算から依存系巨大感情カプ、果てにはブロマンスのような恋愛感情は無いが互いに唯一無二の存在だと感じているようなコンビに近いカップリングまで、幅広く主食としている。  だが今回は公式公認の小説大賞。オタクの幻覚である非公式のカップリング設定を持ち込むなんて言語道断だ。  そもそも原作に無い設定を盛りに盛った俺設定特盛りキャラ崩壊作品なんてものは、同志の多いSNSやイラスト・文章投稿サイトに投稿するならともかく、公式が開催しているコンテストに出すなんてあり得ない。そんな愚行は、棲み分けが出来ない余程の馬鹿くらいしかしない行為である。  そういうわけで、私は自称一般良識を持っていて立場をわきまえているタイプの先制ブロック穏健派オタクなので、今回は良く言えば万人受けする、悪く言えばありきたりな推し中心オールキャラほのぼの話を書いた。  この推しと言うのは、人族鳥人種の女の子のルイ、人族に敵対する宙族という種族のエセ紳士ことウォルター、人族竜人種でアルビノの概念ショタな成人男性ラガルティハの三人のことだ。  前述の通り私はカップリング二次創作をするオタクである。ルイ受けの民で、ウォルター×ルイ(ウォルイ)ラガルティハ×ルイ(ラガルイ)を主食としている。  つまり推しカプトリオをメインに据えているのだが、しかしそれはそれ、これはこれである。  出来うる限りカップリングに見えないような描写に何度も書き直したし、原作のキャラ設定から大きく外れないように細心の注意を払って執筆した。  公式や一般人が見る場なのだ。作品の描写に対し、絶対に非公式カップリングに見えないよう、慎重に慎重を重ねていた。  キャプションやタイトルに誤字脱字が無いか何度も確認してから、投稿ボタンを押す。数拍の後、画面が切り替わり「投稿されました」の文字が表示された。 「ッシャ、やった、終わった、推しトリオ小説投稿出来たぞ! 朝だけど知らん! タイムラインのフォロワー達に見て見てするぞ!」  睡眠が足りていないこと、そして徹夜明けのテンションからか、やけにハイテンションなままページを切り替えて、作品一覧に反映されているだろう自分の作品を探そうとした。  今日は土曜日。私のような例外を除き多くの人は休みなので、朝一番の宣伝でもオールでTRPGを回していた卓修羅のフォロワーなんかが見てくれたりするだろう。  しかし、マウスを動かす手が止まる。自分の作品より三つ前に投稿された作品のキャプションに目が留まったのだ。  キャプションの一文に、私にとって――いや、恐らく多くの同胞たるオタク達にとって、目を剥くような文章が記載されていた。  ウォルターとレイシーが恋人同士の設定です! 「……は?」  レイシーはルイちゃんと同年代の、人族汎人種の女の子キャラである。ARK TALEの世界観では珍しいショートヘアで、また彼女の職業もこの世界観的には珍しく、自律人形(ゴーレム)技師という、いわゆるエンジニアやメカニック系の職に就いている子だ。  界隈ではゲーム内において、そのチートとも言える性能により、ガチ勢エンジョイ勢キャラ推し勢問わず、ガチャでピックアップされたら「天上してでも引け」と言われている。  そして重要な事だが、ウォルターとレイシーは、ゲーム内では恋人同士では無い。非公式カップリングだ。  ウォルターは前述の通り推しトリオの一人で、更に言えば、ウォルター×レイシー(ウォルレイ)は私の地雷カプである。  そもそもレイシーに関しては、レイシー推し及びレイシーカプ推しのオタク達から受けた度重なる煽り、暴言、マウント行為、クソリプ粘着、鍵垢引用RT、ルイちゃんに対する改悪系キャラ崩壊含むヘイト創作、その他諸々により、キャラクターそのものを見ることすら嫌悪感を感じる程の地雷であった。  ちらりと画面を見直す。間違いなく大賞のサイトだ。オタクが集うイラスト・小説投稿サイトでは無い。 「……はぁ?」  先程よりワントーン低い声で、再び声を漏らす。  公式や一般人が見ている場に、カップリング作品を投稿した馬鹿が居た。  その事実がじわじわと脳に染みこんでいき、ようやくしっかりと現実を理解して――。 「――ふっざけんなボケえええええええええええええええッ!!!!!!!!!!」  (オタク)は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の地雷カプ投稿クソオタクを除かねばならぬと決意した。  その怒りや、火山の爆発的噴火の如く。住み込み管理人の飼っているロボロフスキーハムスターが驚きのあまり小便を漏らして小さくふわふわな白い腹を天に向け、外の電線に留まっていたカラス達が一斉に飛び去り、地域猫は飛び起き尻尾をボンボンに爆発させ、近所で飼われている犬達がこぞって吠え始める程の声量。  ムンクの叫びならぬ、憤怒の叫びであった。 「クソがああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」  (オタク)は、ルイカプ推しの民である。解釈を練り、ウォルイとラガルイを中心にルイ受けを生産して暮らして来た。けれども地雷に対しては、人一倍に敏感であった。  突然の原爆投下に怒り心頭になった私は、近所迷惑なんて頭の中から蒸発し、机に両の拳を思い切り叩き付けて思いの丈のまま叫ぶ。  確かに、レイシー関連は私の地雷である。  だが、公式が見ている場にカップリング作品を投稿する馬鹿は、それ以上の地雷であった。  一億歩譲って地雷カプを見てしまった事実には目を瞑れる。そういう事はよくある話だ。  が、非公式カップリング二次創作を、よりにもよって公式の場に出す行為は、生理的なレベルで受け付けられない。  最早地雷というレベルでは無い。核爆弾である。  ふざけるな。一般人が見ているんだぞ。幻覚100%公式設定一切無視作品を何故公共の場に出した。公式が見ているんだぞ。もしこの作品が受賞したら公式がウォルレイを認めた、つまりウォルレイは公式だとでも言うつもりか。浅ましい。これだからレイシー推しにロクな奴は居ないのだ。公式が見ている場にそんなものを堂々と出すだなんて理解不可能だ。  例え私の推しカプが海外では最大手なのに国内ではマイナーで、日本の神絵師がウォルレイを描いたが故にライト層がそちらに流れ、更にその中に居た神絵師がウォルレイを描き、そこからレイシー受けにハマるという悪循環に血が出るほど唇を噛みしめ、神絵師の描く自己解釈強めのキャラクター像を公式設定だと誤認した自己解釈の無い阿呆共が劣化コピーだと気づかずに、皆と仲良く出来て愛されるぽやぽや可愛い受けちゃん♡な解釈違いレイシー作品を増やしていくのに爪が食い込むほど拳を握りしめ、ウォルイから入ったのにいつの間にかウォルレイに流れていた者達を裏切り者と憎み恨み辛みを募らせ、人の推しや推しカプを貶して楽しむレイシー推しのヘイト発言常習犯の異常者共からネット掲示板にアカウントを晒されたり人格否定クソリプ粘着をされ胃を痛めたとしても、それでも自称温厚な性格の私は常に大人の対応をしてきた。  自分の推しカプは誰かの地雷、自分がやられて嫌なことは他人にはしないの精神で自分を律し決してヘイト発言を表立っては行わず、極力目に入れないようブロックやワードミュートを駆使し、もし目に入っても見なかったことにしてスルーしていた。  絵師の絵、物書きの文章自体は好きだ。でも、レイシーとレイシー推しを許すことは出来ない。  お前達はレイシー村で、私はルイ村で暮らそう。共に生きたくも無いし今後一切会いたくも無いから、お互い関わり合いにならないよう過ごしていこう。  それで私は割り切っていた。  まあ君達の愚痴垢は法的に訴えるためにスパイ垢で監視してるけれど。今開示請求もしているし。特に「鍵垢引用RTで嫌いなオタクはアカウントを消してくれるのか」とかいうふざけた名前で二次カプは悪だの総受けはカスだのクソカプ推しは死ねだの宣っている、本垢がウォルレイ最推しレイシー総受け二次創作書きのブーメラン女。そろそろ開示請求通知が来ると思うから楽しみにしていたまえ。法廷で会おう。  脳内と心が一瞬で、憎悪と呼ぶには強すぎる悪感情で満たされる。  人前では絶対見せられないし、意地でも絶対見せたくない。  だが、自宅に一人だからこそ噴出してしまった。  それは最早「感情」と呼ぶには強すぎた。オタクという生き物の醜さを濃縮した「何か」であった。  その「何か」が怒濤のように溢れ、爆発した思考と感情に意識が飲まれかけた、その時だった。 「――力が、欲しいか」 「……は?」  不意に聞こえた声に、意識が憤怒の海からようやく帰還する。  困惑した声を漏らし、立ち上がってキョロキョロと当たりを見渡すも、一人暮らしである私の部屋には当然誰も居なかった。  その声は男の物で、天から聞こえてくるようで、地の底から響いてくるようでもあった。 「――忌むべきものを断罪し、悉く消し去る力が、欲しいか」  肩で息をしながら、声の言葉を脳内で反復する。  忌むべきもの。  憎き地雷と地雷推し。  それらを悪として断罪し、この世から消し去ることが出来るなら――。 「……欲しい」  私は大きく息を吸い――答えた。 「――だけどそんな力より、今からでも推しカプを覇権に出来る画力(ちから)が欲しい!」 「……は?」  今度は声が困惑する番だった。 「小説なんて結局、好きな人しか見ないんだ。そのキャラが、カップリングが好きだからこそ、小説にも手を伸ばす。逆に言えば、そうでなければ読まれない。だって読むのに時間がかかる。それなら漫画を見た方が早いしお手軽だし脳ミソを使わない。原作が小説の作品だってコミカライズされたら大体の読者はそっちに流れる。人間は怠惰の生き物だから必然的にそうなってしまう。一次二次問わず、それが小説ってものなんだ……。大して絵が上手いわけでも無い文字書きの私じゃあ……ルイカプ推しを……自分以外の推しカプ作品を増やすことなんて、出来ないんだ……! 数少ない推しカプ描きの絵師だって大真面目に書いた万字越え小説より落書きイラストの方が喜ぶし、いくら小説を書いたって多くの人は『推しカプ増えない』って言うんだ……こんな無力感を感じるのは……もう……嫌だ……っ!」 「お、おう」 「だからこそ! 画力が欲しい! 大多数が見るのは時間を取らず多くの情報を手っ取り早く認識できるイラストや漫画! なればこそ! 私は望む! 超絶的な画力と物語構成力から生み出される、あの憎き地雷推し共を真正面から黙らせ他カプ推しをも改宗させる程の、平均4ページから8ページ程の推しカプ漫画を週一ペースで、36ページ以上の推しカプ漫画同人誌を一ヶ月から二ヶ月程度で生産できる力を!」 「そういうのはちょっと取り扱っていませんね」 「ちくしょおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」  私は絶望した。崩れ落ちて床に膝と拳をつき、漫画でよく見る悲壮なシーンのように叫び声を上げた。 「だが、それに匹敵する力……他の世界でもよく採用されている、所謂【チート】の力を授けよう」 「いらねええええええええええええええ!!!!!!!!!!」 「その力を以て、世界を在るべき姿に戻すのだ! 選ばれし者よ!」 「画力を寄越せえええええええええええ!!!!!!!!!!」  私は床に拳を叩き付けたまま、下を向き絶叫しているため気が付かなかった。  どこからともなく現れた極光が、迸る光景に。
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