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1章 誕生の日
1月22日。日曜日。
「一華おねえちゃん、誕生日おめでとう!」
「ありがとう、奏ちゃん。」
食卓の右隣に座る奏ちゃんに改めて誕生日を祝われる。
続けて、斜め向かいに座っている彰二さんに声を掛けられる。
「何歳になるんだっけか?」
「16になります。」
「16かぁ~。もうすっかりお姉さんだな~!飲むか?」
そう言いながら彰二さんはまだ空いていないビール缶を右手で持ち上げた。
「いえ、結構です。」
「そうかぁ!じゃあ代わりにオレが飲もう!」
といって、彰二さんはビール缶をまた1本飲み切ってしまった。
今日はこれで5缶目だ。今日はいつもに増してペースが速い。
「あ・な・た!飲みすぎですよ?」
白い箱が乗った皿を落とさないよう丁寧に持ってきた優香さんはそう言って、
その皿をテーブルの真ん中に置いた。
「いいじゃないか、今日ぐらい。大目に見てくれぃ。」
「何が今日くらいですか。毎日飲んでるでしょうが。」
「酒は百薬の長なんだぞぉ?知らないのかぁ?」
「それは適量の話です。明らかにあなたは飲みすぎです。」
少しは自分の体をですね…」
などなどと、優香さんはいつも通り彰二さんに小言を連ねている。
一方、ただの酔っぱらいは終始ニコニコの笑みを浮かべている。
自分の妻の嫌味などまるで聞こえていないかのようだ。
「お母さ~ん、お父さんなんかほっといてケーキ食べよ~?」
奏ちゃんが情けない父の姿に半ば呆れながらそう言った。
「はいはい、じゃあ開けますよ~」
じゃじゃ~ん!」
そう言って、優香さんは食卓の中央に置かれた白い箱に手を伸ばし、
それをゆっくりと持ち上げていく。
「「「おぉ~!」」」
箱が取り外され、"バースデーケーキ"がその姿を露わにした。
私の大好きなイチゴがこれでもかというほど使われている。
かといって、乱雑に盛り付けられているのではなく、
上面はホイップと合わせて規則正しく、かつ、美しく盛り付けられ、
さらにはケーキの真ん中にまでイチゴが挟まっているではないか。
これが全部優香さんの手作りだというのだからもう尊敬を超えて、
優香さんを崇め奉りたい気分である。
「じゃあ切るわね~」
トンッ、スー。
というのを4回ほど繰り返して優香さんはケーキを完璧な8等分にした。
ここまでケーキを綺麗に8等分できるものはそうそういまい。
たいてい、どこかがグチャっとなるものである。
だがどうだ。今、目の前にあるケーキはまったくグチャ要素がない。
すごすぎである。次はぜひ手ほどきをしていただこう。
「一華おねえちゃん、どれがいい?」
まだ小学生なのにこういう場面で主役を立てられるとは感心だ。
「私はどこでもいいですから、奏ちゃんが先に選んじゃってください。」
「え、いいの?!やったぁ!じゃあ~、これにする!」
そう言って、一番大きなイチゴの乗ったピースを奏ちゃんは指さした。
こういうところはちゃっかりしている。
「では、私はその左隣をいただきます。」
「一華さん、悪いわね。誕生日なのに気を使わせちゃって。」
「いえ、最初からこれが良いと思っていたので。」
「フフッ」
優香さんはこちらに笑みを溢してはケーキのほうを向きなおして
白いお皿に私と奏ちゃんの分のケーキを取り分けてくれた。
「じゃあ、オレはここがいいな!」
そういって、彰二さんが指さしたのは私が選んだピースと
真反対のところにあるピースだった。
その瞬間、優香さんはさっきまでの朗らかな表情から一転、
なにか愚かなものを見下すような表情になった。
包丁を片手に持っているのもあってか、若干怖い。
「あなたは少しは一華さんを見習いなさい。」
しかし、そうは言いながらもしっかり彰二さんが指さしたものを
取り分けてあげていた。
「ははっ...。ありがとうございます......。」
彰二さんは少ししょんぼりしてしまっていた。
まあ、自業自得ではある。
そんなことはどうでもいい。
目の前に優香さんの手作りケーキがあるのだ。
はやく頬張りたい。
「食べていーい?」
奏ちゃんも同じ気持ちのようだ。
「いいわよ~」
「やったぁ!いただきまぁす!」
「いただきます」
パクッ…。
「「ん~!!!おいし~!」」
私と奏ちゃんは揃ってそんな声を漏らした。
「ふふ、それはよかった。2つ目も食べていいからね?」
「うんっ!」「はいっ!」
なにが16歳だ。なにが「お姉さん」だ。
こんなに甘えていられるならまだまだ子どものままでいたい、そう思った。
*
夕食から少ししか時間がたっていないのにもかかわらず
口の中をしつこいほどのクリームの甘ったるい味に支配されるほど
ケーキを頬張ってしまってどうしてもお腹がきつくなってきた。
2切れ目は明日食べよう。
そんなことを考えていると、
テレビに映るお天気コーナーを担当するキャスターさんの声が耳に入る。
『今週いっぱいは寒波の影響で記録的な寒さが予想されます。
体調管理に十分お気をつけてお過ごしください。』
寒いのは嫌だなぁと思った。
「登下校、滑って転ばないようになっ!ガハハッ!」
「気を付けてね、二人とも。寒かったらカイロ貼っていきなさいね。」
「はーいっ!」「ええ、ありがとうございます。」
3切れと1切れ分の隙間のあるホールケーキに、
無邪気にケーキを頬張る子どもたち。
ビールの空き缶6缶分を側に同じくケーキを頬張るオジサンと
ホットコーヒーを淹れているその奥さん。
他愛もないニュースを流しているテレビ。
こんなに幸せだと思える誕生日は、久しぶりだ。
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