1章 誕生の日

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「ごちそうさま!」 「ごちそうさまでした。」 私と奏ちゃんは声を揃えて満足そうにそう言った。 「皿置いといてね~。あと、お風呂入っちゃって~。」 私と奏ちゃんは自分のお皿をそれぞれ台所に持って行った。 お皿を台所においてから、 奏ちゃんが私の脇腹のあたりをトントンとつついてきた。 「一華おねえちゃん、久しぶりにいっしょにお風呂入ろ?」 「えっ」突然のことに少し躊躇の声を漏らしてしまった。 「だめ……?」上目遣いでこちらを見つめてくる。断るのは不可能だ。 「いえ、そういうわけじゃ…」 「やったぁ!」 そうして、奏ちゃんはルンルンで着替えを取りに行った。 私もその姿を見て慌てて後を追った。      * 奏ちゃんといっしょにお風呂に入るのは久しぶりだ。 私がまだ幼かったころ、奏ちゃん家にお泊りに来た時は よく一緒に入っていたものだ。 脱衣室で服を脱ぎ、奏ちゃんの髪をヘアゴムでお団子に結んであげる。 髪を結び終えるやいなや、奏ちゃんは浴室にスタスタと入り そのまますぐに浴槽にダイブしてしまった。 「一華おねえちゃん、はやくはやくっ!」 「ええ、ちょっと待ってくださいね。すぐ行きますから」 さっさと自分の髪もヘアゴムで結んでから浴室に入る。 やっぱり髪が長いのは何かと面倒くさい。 お風呂に入るのにもいちいち結んでから入らないといけないし、 入ったら入ったで髪を洗ったり保湿したりしないといけないし、 何より上がったあとのドライヤーで髪を乾かすあの時間のことを 想像すると少し嫌な気分になる。 何かきっかけがあればバッサリ切ってやろうか、なんて思ってしまう。      * 奏ちゃんと二人で浴槽につかって、くだらない話をする。 学校の話、彰二さんや優香さんの話。 奏ちゃんの推しの話…。奏ちゃんはこのときだけ人が変わっていた。 奏ちゃんは推しと言い張るが、傍から見ればそれは"気になる人"、 いや"好きな人"といったところだ。 好きな人がいる。大いに結構なことだ。 何か大切にしたいものがある、それだけで人は幸せだ。 「ほんとに好きなんですね、その人のこと。奏ちゃん。」 「うんっ!」 やっぱり"推し"じゃなくて"好きな人"じゃん。 というツッコミは心の中でとどめておこう。 「一華おねえちゃんは、好きな人とかいないの?」 「へっ?」 思いがけなかった突然の口撃に変な声を出してしまった。 「好きな人……。私にはそんな人は……。」 今思い返せば、これまでの私の人生は恋愛とは無縁のものだ。 「うそだぁ!ほんとはいるんでしょ~?ニヤニヤ」 昔はもっと素直な子だったのに......。 どうしてこうなってしまったのだろうか。 あの酔っ払いの教育の賜物なのだろうか。 「い、いませんっ!」 「ふ~ん。で、ほんとは?」 「いませんからっ!」 私はなんとか奏ちゃんの猛攻をやり過ごした。 小学生相手だというのにかなり手こずってしまった。      * 私は今、奏ちゃんの体を洗っている。 別に女同士なのだから何も気にすることはない。 当然だが、かつて洗ってあげていたときより確実に成長している。 身長も、顔だちも、そして胸も。 ちなみに自慢ではないが、私もそこそこのものを持っている。 なのに、この子ときたら。当時の私より絶対に大きい。 この先に期待である。時折、ちょっくら揉ませてもらおう。 そういえば、さっきから奏ちゃんの顔が赤い気がする。 なんでだろう。お風呂で火照ってるのかな。 「……一華おねえちゃん、へんたい。」 「はっ!?ごめっ...」 「知らないっ!フンッ!」 意識しすぎるあまり、奏ちゃんの胸ばかり揉んでしまっていたらしい。 でもいきなりヘンタイ呼ばわりはないだろう。 さすがの私も泣きたい気分である。 だがそれよりも今、可及的速やかに対処すべき課題は いかにして怒らせてしまった奏ちゃんの機嫌を取るかということであるが、 何か話したとしても全く聞く耳を持ってくれない。 今時の小学生は攻撃だけでなく守備も固いのか。 …そんなの、いったいどうやって攻略すればいいのだろう。      * 結局、奏ちゃんはお風呂を上がるまで口を聞いてくれなかった。 なんなら、上がるや否や自分の部屋にそそくさと入っていってしまった。 これはまずい、はやく機嫌を取らなければと思い、これ以上なく頭を回した。 そこで、奏ちゃんがお風呂で「今月、推しのアルバムが出る」みたいなことを 言っていたことを思い出した。 これだ…! 早速、攻略開始と行こうではないか。 コンコンコン。 奏ちゃんの部屋のドアを叩く。 「奏ちゃん…?」恐る恐るおもむろにドアを開く。 「……」  こっちを見てはくれたものの、何も言ってくれない。 それになんか、むすーっとしてるように見えるのは気のせいだろうか。 いやここで折れるわけにはいかない。 必死に頭を使って考えた、機嫌を取るための最強の方法を試さなければ。 「…COMETのアルバム、買ってあげます。」 「……!ホントッ!?」 目を見開いてさっきの表情とはうって変わって、 それはもうにっこにこである。 「はい。中学生には少々痛い出費でしょうから。」 「ありがとう!一華おねえちゃんっ!大好きっ!」 奏ちゃんは、ウキウキで抱き着いてきた。 はぁ、なんとか機嫌が直ってよかった。 そう、最強の方法…。それは"物でつる"というもの。 結局のところ、金がたいていのことは何とかしてくれるのだ。 だが、奏ちゃん。5,000円の出費は高校生でも痛いんだ…。 それをゆめゆめ忘れないでいただきたい。 そう思いながら、奏ちゃんの部屋をあとにした。
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