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その日の夜更けのことである。
夢を見ていた。
いい匂いがする。
花の匂いだ。
どうやら私は花畑の上に寝そべっているらしい。
身体を起こして、周りを見渡す。
周りには色とりどりのアネモネの花がたくさん咲いている。
「一華。」
後ろから声がした。
聞き慣れた、優しい声だった。
私が一番聞きたかった声だった。
私はすぐに後ろを振り向いた。
声の主は慈愛に満ちた表情で、そこに立っていた。
「お母さん…!」
私は絞り出すようにして声を出した。
「一華、誕生日おめでとう。」
母は微笑んでそう言った。
「ありがとう、お母さん」
私も微笑んで、そう言った。
母のもとへ行こうと立ち上がる。
そのとき、母は言った。
「もう、戻らないと。」
私はハッとして言う。
「どこに…?どこに行っちゃうの…?」
「この世界では"天国"って言われてる場所よ。」
そう。お母さんはもうこの世にはいない。
でも、会えた。なら、もう少しだけ…。
「もっといっぱいお話ししたい…。だから…」
「ごめんね。これでも必死に神様にお願いして、
少しならってことで許してもらったの。」
「…あっ」
そのとき、母の姿が徐々に足元から消え始めた。
「やだっ!お母さんっ!まってっ!」
必死に聲を出した。
普段はその存在を信じていない神様に冀った。
消えゆく母に少しでも触れようと駆け出しながら。
でも母のもとへいくら行こうとしても、その距離は縮まらなかった。
ただ、消えていく母を眺めていることしかできなかった。
「幸せになってね。」
最後にそう言って、母はいなくなった。
さっきまで母が立っていた場所には何も残っていなかった。
私はしばらく、ひたすらに頬を濡らした。
神様は意地悪だ、そう思った。
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