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警察と対魔庁が泥棒男を取り合い、サザナミも盗品もろとも連れて行かれて、灯台を管轄する海軍の担当者に引き渡すまで、宿舎は勇者二人だけになった。
ゲンゴロが床の穴の淵に腰掛けていたので、ハタタカも真似をした。中は暗い。
「そんなトコに腰掛けんな、危ねえぞ」
「ゲンゴロも腰掛けてるのだ」
下男は薄く笑い、立ち上がった。ハタタカも真似をした。
「昔ぁ、よく親父に注意されたもんだ。俺もロクに聞きゃしなかった」
暖かい茶をいれる。二人は暖炉の前で立ったまま、お茶をすすり焼き菓子を頬張った。
「俺が住んでた灯台も町も国も、テルテマルテ軍がぶっ壊した。この灯台もテルテの建築様式だ。俺の知ってるエールエーデなんて、もうどこにもねぇ。……なのに」
古の勇者の声が震えた。
「あぁんな床下の食糧庫だけ、昔のまんまたぁねぇ……笑っちまぁ」
だが彼は笑わなかった。
ハタタカも笑わなかった。
「テルテの灯台守ぁ随分と適当じゃねえか、泥棒に好きにさせんなよ」
「あはは、それは本当に面目ない」
管理人の若い男は、屈託なく笑った。
「でも、灯台守なんてもう大陸にいないですよ。ココの灯火も海軍が遠隔操作で管理してます。僕は委託を受けて掃除して、イベントのときに少し宿舎を開放するくらいで。踊り場より上の鍵も持ってません」
「……へえ」
「あ、踊り場、のぼります? いい景色ですよ」
「さっきのぼらせてもらったのだ」
管理人の男性は、真面目な顔で「早めに鍵変えますね」と言った。
丘の階段を降りながら、管理人はハタタカに話しかけた。
「ここ、勇者カンクロの生まれ故郷なんですよ」
「はいなのだ」
「だから、今の建物がダメになったら、カルカナデ当時の様式に建て直そうかって話があるんですよね。僕は反対ですけど」
「……そうなのだ?」
「そりゃそうですよ。僕にはこれが『エールエーデ灯台』ですもの。物心ついた時からずっと。地元の人はみんなそうですよ。今更わざわざ馴染みのない古いものに変えてもねえ、って感じです」
三人は、灯台を見上げた。青い空に映える、大きな白い姿。
「…アンタにゃコレが、故郷の景色ってわけだ」
下男の言葉に管理人は「つまんない景色ですけどね」と笑った。
「…そうかい」
その声は、ハタタカには寂しげに聞こえた。
(了)
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