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「礼史さん、史狼は?」
夜明け前、叶都は史狼の住む隣の家屋の、一番奥にある部屋の襖を勢いよく開けた。
パン、と柱に襖が当たる激しい音がして、ベッドの中に居た礼史がびくりと体を震わせる。
「……カナ? なんだよ、こんな朝早く……」
「ねえ、史狼どこ? 家に居ないんだけど、こんな早くから仕事じゃないよね?」
叶都が礼史のベッドの傍に座り込み、真剣な目を向ける。礼史は眉をしかめ、枕元に置いていたスマホを引き寄せた。それから、四時、と呟いてため息を吐く。
「史狼の仕事の仕方は史狼に任せてる。私からは指示していない」
礼史は言いながら布団の中へと埋まっていく。叶都は、待ってよ、と礼史の布団に手を掛けた。そのまま布団をはがそうとすると、後ろから、兄ちゃん、と声が掛かり、叶都が振り返る。そこにはパジャマを着た巧都が立っていた。
「礼史さん疲れてるから、休ませてあげて」
「巧都、どうして……ここに?」
「それより……兄ちゃんが無事でよかった」
巧都がこちらに駆け寄り、そのまま叶都に抱きつく。言われてみれば、まだ家族に会っていない。風呂に入ったら戻ろうと思っていたのだが、結局史狼の腕の中でのぼせて意識を飛ばしてしまって、気づいたら史狼のベッドにいた――一人きりで。
「ごめん、巧都」
「飯垣さんから無事だとは聞いたけど……それでも顔見るまでは心配だった」
まだ殴られた頬は腫れているが、巧都はそれ以上の怪我や、もしかしたら叶都の命の心配をしていたのかもしれない。安心して叶都に縋りつく巧都の頭を撫でながら、ちらりと礼史に視線を向ける。きっと礼史が疲れているのは、史狼が頼んだ事後処理のせいだろう。
「もしかして、巧都も心配でここまで来てたのか?」
「だって兄ちゃん帰ってこないから心配でここで待たせてもらって……礼史さんがそのまま泊っていいって言うから泊まらせてもらった」
「そっか。じゃあ、ホントに今は起こせないな」
巧都の頭をもう一度撫でてから叶都が立ち上がる。
「夜が明けたらまた来るから、礼史さんにそう伝えて」
巧都の頷きを見て、叶都は礼史の部屋を後にした。
礼史があてにならないのであれば、自分で探すしかない。きっと誰に聞いても教えてはくれない。けれど探し出すしかないのだ。自分がちゃんと握っていないと、史狼との繋がりはあっさりと切れてしまう。
そもそも昨日から様子が変だったのだ。史狼が自分から家に連れて行くことも、風呂に一緒に入ってくれたことも、傍に飯垣が居たのにキスをしてくれたことも、その後あんなに素直に抱かれてくれたことも――史狼が自分から離れようと思っていたから、きっと叶都の望むままの史狼を演じてくれていた。これで最後、と思って。
「……そんなの許すはずないじゃん」
叶都がぐっと奥歯を噛み締めながら廊下を歩いていると、そこに飯垣が顔を出した。
「カナ坊、若は大丈夫だから、あまり首を突っ込むな」
飯垣に小さく言われ、叶都は足を止めた。それから飯垣に鋭い視線を向ける。
「史狼はおれのなんだ。おれのものの所在を知ることが、どうして首を突っ込むってことになるわけ?」
「それはカナ坊が極道じゃないから……若の気持ちも察して……」
飯垣がため息を吐きながら言葉にする。きっと飯垣にとっては、言い飽きた言葉だからなのだろう。叶都にとっては聞き飽きた言葉だ。
「だったら今すぐ極道にでもなんでもなってやるよ!」
飯垣の言葉を遮る様に叶都が叫ぶ。その勢いに飯垣も気圧され、言葉が続かないようだった。
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