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嗜癖
両親が別れ、父がひとみの元を去ってからは、その記憶は一時期忘れていた。優しかった父の、その裏側にあった願望ごと、忘れてしまいたいとも思っていた。
けれどある時、付き合った男性に悪戯として手首を拘束されて、彼女の中に抗しがたい欲求として甦った。
縛られてみたい。あの写真で見たようにきつく、身動きが出来ないような恰好にされたい。けれど女からそれを言い出すのには、ひとみのような女には、途轍もなく勇気が要った。何度か、そういう相手とも寝てみた。けれども、それはひとみが求める緊縛ではなかった。
『自縛』という行為があるのを、ひとみは知った。緊縛を独りで行う事だ。試みに、手芸用品の店で綿のロープを買った。それだけで心が高鳴った。
だが、簡単な事ではなかった。全身に縄を施す事はほぼ無理に思えた。鏡を見ながらでも、とても思ったように縄は回せなかった。
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