<1・鬼子。>

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<1・鬼子。>

 前に、本で読んだことがある。  誰もが、愛されるために生まれてきたのだと。本当の己を受け入れてくれる運命の相手が、この世界のどこかにいるはずなのだと。  成長し、時が来れば、神様が自然とその相手に引き合わせてくれる。だからそれまでの人生がどれほど不遇であったとしても悲しむ必要はない。その幸せな瞬間を信じて待てば、きっと報われる時が来るはずなのだと。 ――そう。信じて、清らかな心を持ち続けることができればきっと。きっといつか……白馬の王子様が迎えに来てくれる。愛してくれる。……だから自分の弱さに、負けてはいけない。くじけてはいけない。  エミルもまた、そのように信じて生きて来た一人だった。そう。  例え、学校に行くたびに教室の机に落書きをされていたとしても。  道を歩くたび、心無い町の住人達にひそひそと噂話をされるのだとしても。  そして、時に石を投げられることがあったとしても――誰かを恨んで、憎んではいけないのだ。醜い心に染まればきっと、運命の相手に見放されてしまうのだから。 「あぐっ……!」  小学校の帰り。後頭部に衝撃が来て、エミルは蹲ることになったのだった。視界に、つぎはぎだらけのスカートが入る。今日鋏を入れられて切られてしまったのを、無理やり自分で縫い付けて直したせいだ。お世辞にも器用とはいえないので、あっちこち解れて悲惨なことになってはいるが。 「やあい、鬼め!鬼の子め!」 「鬼は出ていけ、町から出ていけー!」  振り返れば、年下の少年少女たちが笑いながら逃げていく姿が見えた。呆れた話だ。正々堂々と喧嘩する度胸もないくせに、毎度毎度飽きることもなくよくやるものである。 「てめえ、何しやがるんだ!」  そんな自分の味方は、身内だけ。怒ってくれたのは少し前を歩いていた弟のカミルだ。少年たちに石を投げ返そうとする彼の手を、エミルは慌てて掴んで制止する。 「だ、大丈夫カミル!痛いけど大した怪我してないから!」 「けど、姉貴!」 「大丈夫だってば!」  一つ年下なだけなのに、弟の手はエミルと比べて随分小さい。彼がやや小柄だからというのもあるが、それだけではない。  エミルが立ち上がると、いつも彼を大きく見下ろすことになる。何故ならば。 「大丈夫。私はとても丈夫だから。だって、鬼の先祖返りなんだもの」  小学校六年生の段階で、エミルは身長が165cmあった。きっとまだ伸びるのだろう。  自分と、カミルや両親は明らかに違う。生まれてすぐに、それはわかりきっていたことなのだ。  エミルたちの先祖は、鬼。かつてこの土地を支配していた鬼の末裔。  エミルだけが今、その血を強く引き継いでいるのである。
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