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「はい。フワロッテローズと言いまして……昔から貴族の高級菓子とされてきたんですよ。紅茶に入れてもおいしいですし、そのまま砂糖漬けにして食べても風味豊かで美味しいのです。まあ、あれだけ大きなフワロッテローズに加えて、生垣で迷路まで作られているのは完全にご当主様の趣味なんですけども。ああ、あの迷路挑戦してみるといいですよ。シンプルに見えて結構難しいです。手入れしようと入って迷子になった使用人が何人いたことやら」
「そ、そんなに広いんですか……」
そもそも、周辺が森ということもあってどこまでドラゴニスト家の敷地かわからない。辺鄙な場所に立っている屋敷ではあるが、相当なお金持ちであるのは間違いないようだった。
エミルの家も、あの小さな町にあってはそれなりに大きな屋敷であったつもりである。が、二階建てだったのでもう少し平らだったし、屋敷の敷地としてもそこまで広くはない(四人家族だったので、あまりにも屋敷が広いと手入れが大変だったというのもある。使用人も一人しかいなかったし)。何より、こんな立派な庭はなかった。せいぜい、芝生に小さなブランコを併設させていたくらいである。
明らかに、規模が違う。そしてそれは恐らく、国の“ドラゴンの一族”への扱いが、鬼の一族とは雲泥の差であることからもきているのだろう。
「立派な屋敷であろう?」
玄関までたどり着いたところで、当主が振り返った。
「魔術の研究と、その成果で我々は国に奉仕する。顧問魔術師とはそういうものなのだ。それゆえ、研究費用という名目で研究施設に使える広い土地と、莫大な資金を頂戴している。ゆえに、我々は少々街から離れてはいるもののの、この土地で日々豪奢な暮らしをすることができるのだ。その気になれば、魔術による裏ルートですぐ町に行くこともできるのでな」
「それは凄いですけど、なんだか、その」
「隔離されているみたい、であろう?事実、その通りよ」
彼は銀色の髪を掻き上げて、青い瞳を細めて笑ったのだった。まるで自嘲するかのように。
「我々は王家には敬われておる。だが、民の中には我々を恐れ、気味悪がる者も少なくない。……我らのように、異様に年を取るのが遅いとあっては尚更に。これでも予は、今年で五十八歳であるのだ」
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