<1・鬼子。>

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 ***  長い赤い髪を、一生懸命櫛で梳かす。両親はどちらも黒髪で、弟のカミルも黒髪黒目。それなのに、エミルだけが赤い髪に赤い瞳という出で立ちだった。  それはこの土地をかつて支配していた鬼と同じ色。そして見た目通りエミルは普通の少女たちより体が大きく、力が強かった。長く続く一族の中、時々いるのだという。太古の鬼の力が戻ってくる、いわば先祖返りの子孫が。 「エミルの髪は綺麗ね」  鏡の中のエミルを見つめながら、母が髪飾りをつけてくれる。 「瞳もまるで宝石のよう。……何度でも言うわ、エミル。貴女は、私たちの自慢の娘よ。そして、カミルにとっては自慢の姉。それを恥じる必要はないわ」 「お母様……」  生まれた時は黒い髪、黒い目だったというエミル。それが、成長するにつれ色が変わっていったという。両親はすぐに、娘が先祖返りだと気づいたそうだ。しかし、だからといってエミルに冷遇するようなことはなかった。一つ下の弟と同じように、大事に大事に育ててくれたのである。  自分はそれに感謝しなければならないのだろう。同時に、申し訳ないとも思うべきなのだろう。自分のせいで、両親と弟が小さな町の中、形見が狭い思いをしているのは間違いないことなのだから。  今日だってそう。エミルは知っているのである。自分をいつも庇ってくれる弟が、学校でどんな酷いことを言われているのかを。 「……お母様とお父様、そしてカミルには感謝しております」  エミルは眼を伏せて、母に告げる。 「ですが、町の人達が……私の力を、見た目を厭うのも仕方のないことではあるのです。大昔、この土地は鬼が支配していた。人々は鬼に怯えて暮らしていた。……鬼と人が結婚し、人の血が濃くなり、鬼の血が薄くなったとしても……その血は完全に消えることはない。こうして何十年かに一度先祖返りが出て、私のような異様な見た目の子供が現れる。角はなくても、赤い髪と赤い瞳は鬼の象徴。かつてのような暴虐を行うようになるのではと、恐れるのは致し方ないことです」 「エミル、それは違うわ。……かつて鬼が人を支配していたのは、そもそも人々が鬼の見た目を恐れて石を投げたからよ。その投げた石が原因で、鬼の子供が死んだ。ゆえに鬼たちは怒って人々に復讐し、町を支配して自分達が安全に暮らせる土地を作ろうとしたの。鬼が何もかも悪かったわけじゃない、悲しいすれ違いの歴史があっただけなのよ」 「そうだとしても、今この町に残っている鬼の血族は私達だけです。そして、鬼は恐ろしいものだと、人々は教え込まれて育ってきた。……私達がいるだけで……否、私がいるだけで人々が怯えてしまう。それを責めることはできませんし、憎むこともできない。そうでしょう?」 「エミル……」  母は悲しそうに、首を横に振った。 「ごめんなさいね、エミル。貴女は、何も悪いことなどしていないのに。どうして、毎日辛い目に遭わなければいけないのかしら。……貴女はそう言うけれど、私はどうしても納得できないわ」 「……そのお気持ちだけで、私は救われます」  振り返り、エミルは母に微笑みかける。
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