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「無論。そもそも、先祖にそのような欲があったのであれば、人間の王を立てて隠居するようなことなどしなかったろうに。……そして、我々竜の一族は、血に目覚めれば魔法などの特殊な力が使えるようにもなるが……今では、ドラゴンの姿に戻ることができるような者など極めて稀。人間の血が濃くなりすぎたのでな。むしろこの我らの身でドラゴンの力を解放などしたら、体が負担に耐え切れずに死に至るやもしれぬ」
それでも、と彼は壁の絵を指示した。客間には何枚も油絵が飾られていて、そのうちの数枚は空を雄大に泳ぐ竜のものとなっている。
一番近い場所にあるのは、藍色の鱗を纏い、銀色の翼で空を駆ける竜だった。宝石のような青い瞳に星が映っている。――芸術に造詣が深くないエミルでもわかる、見事な出来栄えの作品だった。
「それでも、ドラゴンの姿や強さは一人歩きを続けている。多くの民間人が、銀河さえ支配できるその力と異形の姿を知っている。少なくとも知っているつもりでいる。……我らもいずれバケモノの姿に戻るのではと思って恐れる者は少なくないのだ。ただでさえ年を取らず、化け物じみた見た目をしているというのにな」
「そ、そのようなことはありません!」
思わずエミルは声を荒げてしまっていた。立ち上がった拍子に、かたん!とカップが音を立てる。ひっくり返らなかったのは幸いだった。
「わ、私は……私はまだ、バイロン様と少しお話したのみですが。バイロン様がとても聡明な方であるのは、十分伝わってきます。私のような恐ろしい巨女相手でもまったく物怖じせず、丁寧に花嫁として扱ってくださいますし……。そ、それに不躾ではございますが、私はバイロン様のお姿をとてもお美しいものと思います。きっとご子息もそうであるのでしょう。化け物だなんて、まったくそのようなことは思いません。ええ、けっして!」
どうしてこんなにムキになるのかわからなかった。彼が自分を卑下するようなことを言うたび、ぎゅう、と胸が締め付けられるような気がするのだ。おかしなことである、最初はこの婚姻に乗り気ではなかったし、なんなら嫉妬さえ抱いていたというのに。
多分きっと。彼等もまた辛い思いをしてきたのだと、石を投げられることもあったのだと知って重ねてしまったのだろう。
辛くても、苦しくても。鬼の血を恨んではいけないと教えられ、家族に支えられてどうにか生きて来た自分自身を。
「……そなたこそ、とても心優しいのだな」
そんなエミルを、目を細めて見るバイロン。
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