<6・若年。>

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「オーガストと政略結婚の話が持ち上がった時、果たして本当に推し進めるべきか迷ったのだ。王家の提案とはいえ、我らは断れる立場でもあったのだからな。しかし……この国とオーガストの防衛力強化は急務。何より、息子には支えてくれる存在が必要とも感じていた。……礼を言おうぞ、エミル。そなたを花嫁として選んで本当に良かった」 「本当に、よろしいのですか。私のような見目の女で」 「何を言う。そなたは我らにはないものを持っている。その強さ、逞しさ、丈夫さ。我らにないものを補ってくれる、素晴らしい存在ではないか。同時に、そなこそ己を卑下する必要はないのだ。そなたは美しい、自信を持つがよい。そして予の眼にも狂いはなかった。そなたならば……鬼の先祖返りとして悩み苦しんできたそなたならば、我が一族の苦悩もきっとわかってくれると」  だから、と彼は続けた。 「そなたに頼みたいのだ。我が息子を……どうか救ってくれぬか。妻として、友として……良き相棒として」  それはどういう意味なのか、とエミルが問い返そうとした時である。  ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 『きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』 『な、なんだなんだなんだ、なんだあああああああああ!?』 『だ、旦那様ぁ!だ、誰か、誰かぁぁぁ!』 「え!?」  突然の轟音。それにくわえて、複数の使用人たちの悲鳴。何事か、とエミルは窓の傍に近づいていき、目を見開くことになったのである。  さきほど通った薔薇園の、さらに奥の方から煙のようなものが出ている。否、あれは土埃だ。もくもくと立つ粉塵のせいで良く見えないが、何か大きな黒い影が蠢いているのがわかる。それが動くたび、どしん、どしん、と地面を踏みしめる重たい音がするのだ。同時に、僅かな地面の揺れも。 「なんと……!」  バイロンも立ち上がり、青い顔で告げたのだった。 「制御を失ったか!……ああもう、だからもう少し繊細な調整をしろと、あやつには言っておったというのに!」  それはどういう意味なのか、とエミルが尋ねようとしたその時。強い風と共に、粉塵が吹き飛ばされ――木々の上から、ぬう、とそいつが顔を出したのだった。  言葉を失う、とはまさにこのことか。だってそうだろう。 ――な、な、なんで……恐竜!?  緑色の体に背中に棘のような鱗。真っ赤な目を持つそいつは、誰がどう見ても恐竜ないし、怪獣にしか見えなかった。そいつがのしのしと庭を歩き回り、低い声で唸りを上げていたのである。
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