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確かに、毎日辛いことはたくさんある。けれど己はけして不幸ではないし、不遇でもないのだ。何故ならば、愛する家族がいる。誰に罵倒されても、石を投げられても、両親と弟は己を愛してくれる。味方をしてくれる。
この世界には、それさえ得られない者がたくさんいるのだ。それに比べたら、自分はなんと幸せな娘であることか。
「確かに、理解を得られないことを辛いと思うこともあります。ですが、私は家族に恵まれました。綺麗な服を着て、綺麗なお屋敷に住んで、毎日美味しいごはんを食べることもできます。ここまで恵まれているのに、苦しいなんて言ったらバチが当たってしまうでしょう」
それは心からの言葉だった。それでも母は“だけど”と続ける。
「でも、エミル。……貴女は鬼の先祖返りである上、過去にカミルを助けた時のせいで……。そのせいで、恐らく女性としての幸せを掴むことは難しい。自分でも、そう思ってるんでしょう?」
「お母様。女の幸せは恋愛や結婚だけではありません」
「運命の人に巡り合えるのを楽しみにしている、と以前言っていなかったかしら」
「はい。でもそれが、結婚相手だけだとも私は思っていないのです。運命の親友や、運命の恩人。それもまた、運命の相手でしょう?」
「それはそう、だけど」
「そんなことより、お母様」
今日の母は、ちょっとだけナイーブになっているようだ。ひょっとしたら、また町の人に何かを言われたのかもしれない。あるいは、嫌な噂でも聞いてしまったのだろうか。
エミルはなるべく笑顔を作って母に言ったのだった。
「私、またお母様が作ったお話が聞きたいのです!お母様のことだから、毎日少しずつ書き溜めてらっしゃるんでしょう?勇敢な女騎士がどうなったのか、気になって仕方なくて!」
母はひっそりと作家をしている。そして、彼女が書いた物語を一番最初に読ませてもらえるのが、エミルの特権なのだった。今書き途中の話は、強くて勇敢な女騎士が主人公である。続きが気になって仕方ないのが本心だった。
そう、現実が多少暗くてもいい。空想な世界ならば、自分達はいくらでも自由な世界へと羽ばたけるのだから。
エミルもまた母と一緒に物語を考えるのが好きだった。いつか彼女と同じく作家になりたいと考えているほどに。
「……ええ、そうね。聞かせてあげる。だってあの物語の主人公は、貴女がモデルなんだもの」
「ほんと!?」
「ええ、本当よ」
虐めもある、冷遇もある。それでも温かい家があって、家族がいる。エミルは幸せだった。自分は幸せだと、そう信じていた。これからもこの町で暮らしていく、大人になる頃にはきっと町の人々の誤解も解けるだろうと。
だが。
「……今、なんと?」
それは、エミルが十六歳になったばかりの時に起きたのである。真っ青な顔で、父がエミルに告げたのだった。
「……町長が、直々に話を持ってきたのだ」
苦悩にまみれた顔で、彼が言った言葉は。
「エミル。お前に……竜の一族に、嫁入りするように、と」
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