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<3・決断。>
どれほど冷遇されているとしても、生まれ育った故郷を離れるのは辛いのが本音だ。
周りに冷たい人ばかりならいざ知れず、実際エミルには温かい家族と家がある。外では酷いことを言われても石を投げられても、家の中ならばみんな優しいし一緒に美味しいごはんを食べて温かい布団でも寝ることができる。その安心できる場所から一人で離れなければいけないなんて、恐怖でしかない。
何より、エミルはこの町の外に一度も行ったことがないのだ。
ドラゴニスト王国は、自分達のオーガスト聖国と太古の昔に分かれた国だと知っている。つまり、ほぼ同じ言語を使っているので、多少聞き取りづらいことがあっても言葉がまったく通じないということはない。そういう意味では心配は少ないが、だからといって見知らぬ文化の見知らぬ国に行くことに不安がないはずがないのだ。
ましてや、相手は竜の一族と聞く。
その一族の後継者、いわゆる“ドラゴンの王子”と呼ばれる相手と結婚しなければならないのである。ひょっとしたら、人の姿をしていないかもしれない。とんでもなく横柄な相手であったり、醜い姿をしているということもあるのかもしれない。それこそ、人間としての常識が一切通用しない可能性もある。一度嫁入りしたら、部屋に閉じ込められて二度と外に出られないなんてこともあるかもしれないのだ。
少なくとも、故郷に戻ってくることは難しくなるだろう。
寂しくないはずがない。怖くないはずがない。本当は――本当は行きたくなどない。でも。
――知っていたんだ、ずっとずっと。……私のせいで、家族みんなが辛い思いをしているということ。私が先祖返りでさえなければきっと、両親や弟は普通の人間として暮らすことができていただろうということ。
いつも姉を庇うせいで、弟も虐めに遭っていたことをエミルは知っている。父が、職を何度も変わっていることも――母が近隣の人々から陰口を言われ続けていたということも。
自分が隣国に御嫁に行けば、国家が自分達の地位を引き上げてくれる。支援してくれる。そして、いわれのない差別から守ってくれるようになる。
ならば、どれほど不安でも受けない理由がない。こんな自分を、十六年もの間守ってくれた家族に恩返しをするという意味でも。
「エミル……」
エミルの決断を聞いた父は、目に涙を浮かべながら抱きしめてくれたのだった。
「本当に……本当にすまない。お前に、人間としての幸せを与えてやれなくて、本当にすまなかった。……ただ、忘れないでおくれ。どれほど離れていても、私達は家族だということを。お前は私達の自慢の娘で、カミルの大切な姉だということを」
「……ありがとうございます、お父様」
告げた言葉に、嘘はない。寂しく、不安ではあるけれど喜びを感じているのも事実なのだ。
自分のような人間にもやっと、人様の役に立つ機会が与えられたのだから。
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