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喪失
ハッと目を開けると、そこはふかふかのベッドがある寝室ではなく、オレンジ色の光がともったダイニングキッチンだった。
目の前には診療明細書を前にうつむく彼女が座っている。
それぞれの近くに置いているカップからは、白い湯気が立っていた。
「あのね、話があるんだけど――」
聞きたくない、と本能的に思った。だけど思いとは真逆に口走る。
「どうしたの、そんな改まって」
数秒か、数分か。ずいぶんと長く感じられた沈黙。その後、彼女は口をゆっくりと動かした。
「――余命宣告された。」
それは、僕たちの間を流れる空気を凍らせるのに、十分な冷気をまとっていた。
「……え」
「余命、一年くらいだって」
「え、え、なんで?」
「合併症が、とか、なんとか」
私もよくわかんない、と眉を寄せる彼女に、息が詰まる。
「でも、でも、難病だけど問題はないって」
「この間の定期健診で言われたから……。一応もう一度確認はする」
「……そうして」
不安と焦りと、絶望。まさにこれだけが僕の感情を表すのに適している
なぜ、彼女が?
どうして僕じゃないのか。
苦しむ必要なんてないくらい、やさしい人なのに。
ぐるぐると頭の中をめぐる言葉に、自然と口が閉じる。彼女は何も言わず、じっと手元の診断書を見つめていた。
「――ねえ、どうするの。これから」
僕は、彼女に問うた。それだけでもう、限界だった。思わず鼻を啜ると、彼女は、とりあえず、と続ける。
「もう一度確認したい。それから考えるかな」
「……」
誤診の可能性。それが捨てきれないうちは考えない、ということだろう。
今ではちゃんとわかる。
だけど……。
この時僕は彼女に対して、なんてあっさりしているんだろう、と疑問を抱いていた。
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