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ボロボロの財布と2万円、そして俺は、綾に会いたい
ボロボロの財布を女は開ける。
「これ、これ持って行って」
女が2万円を差出した。
「これしかないの。私たちも子供が産まれたばかりで、生活が大変で……」
たぶん、本当なのだろうと、希夢は思う。
女や子供たちの身なりをみたら、希夢にもそれは感じられた。
希夢の父親は、相変わらず、金遣いが荒いのだろうと、希夢は思う。
父親は稼ぐ方だが、自分に消費してしまうのだ。
女や子供に比べて、父親の身なりは良かった。
希夢は女が差出した金を見た。
希夢は、それを摘むようにして、受け取る。
「じゃ、俺は行く。もうアンタたちとは会わない。これでお別れだ。親子の縁をきる」
父親が言い放つ。
「親子の縁は切れないぞ」
希夢は答える。
「切れないかも知れないが。だからって、無理強いは出来ないだろ? 縁なんて、目にも見えないなんだから」
希夢は立ち去る。
彼らのもとから。
父親は、立ち去る希夢に、何か言っていたけど。
それを女がなだめているようだった。
希夢は思う。
(たぶん。男と浮気して、子供まで作った割に、まともな女なのだろう)
(親父は、優しい女に、たかって生きる癖がある)
(この女も、親父の犠牲になっているに違いない)
――だからと言って、この女が、許せるわけじゃない――
――彼らは、自分のせいで、いっとき不幸になったかもしれないが。1時間もしたら 家族で笑い合って、幸せに過ごすんだろう――
――自分と母親は不幸なままなのに――
喫茶店を出ると、真夏の昼時は、暑くて。
夏の熱気で、靴底が焼ける。
熱さが、希夢を攻撃する。
夏の暑さは、身体を叩くだけではなく、弱った希夢の心をも、殴打する。
気温が高すぎて、希夢は吸い込んだ息を、上手く肺に入れらないと感じた。
――肺が焼ける――
――息が吸えない――
希夢は、息苦しくなって、手足の先が冷たくなって、痺れてくるのを感じた。
――息が詰まる――
希夢は思った。
――綾に会いたい――
(俺は、上手く息が吸えないんだ)
希夢は携帯を手に取った。
希夢の綾に対する気持ちが、何かは分からなかったけど。
それでも、この時、一番会いたい人は、綾だった。
――ソレハ、間違イナイ事実――
――俺ハ、綾ニ会イタイ――
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