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「5年以内の生存率は、54%です」
家までの帰り道、桐谷裕子の脳内で何度も再生されたのは医者の言葉だった。
まだ、35歳なのに――裕子は唇を噛み締める。胃がんだと診断されたのは、1年前のことだった。
早期発見とは言えなかったが、手術による治療を受けることで回復に向かっていくのだと期待していた。
しかし、通院でリンパ節への転移が確認された。がんは完全には治っていなかったのだ。
「遼平になんて言おう」
夫である桐谷遼平は、裕子のがんを心配し、家事のサポートをしっかりしてくれるいい夫だ。がんの宣告を裕子が受けた時、彼はまるで自分のことのように、悲しんでくれた。手術後の経過が良いと言われたときも、同様に喜んでくれた人だった。
転移していたと伝えれば、彼はきっと落ち込むだろう。
結婚して5年の記念日直前で、このような報告をするのは気が進まない。しかし嘘をつくのも誠実ではない。
「はぁ」
裕子は大きな溜息をつきながら、2年前に建てた戸建ての玄関前に立つ。もう一度溜息をついた後、カバンから鍵を取り出して、家の中に入るのだった。
「ただいま」
「おかえり、どうだった?」
夕飯の支度をしてくれていたのだろう。手に菜箸を持ったまま玄関まで慌てて出てきた遼平を見て、顔がほころんだ。
「……」
転移していた、と言おうとするが、言葉が喉から出て来ない。裕子は顔を伏せる。
その反応で何かを察したのだろう。遼平は「もうすぐごはんできるから、ゆっくり座ってて」と優しい声色で気遣ってくれるのだった。
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