『愛のため、さよならと言おう』- KAKKO(喝火) -

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101  どんな話題を振ろうかと思案していると娘の茜のほうから話を 振ってきてくれた。 「お父さん、名前何ていうんだっけ?   おチビちゃんは元気にしてるのかな」  一瞬誰のことを訊かれてるのかわからなかった……が、 あぁ翔麻のことかと気付いた。  茜は翔麻の存在は知ってはいても一度も顔合わせはしていない。  世間話として話を振ってくれたのだ。  しかし……。 「百合子が連れて家を出て行ったからね、まぁ元気にしてるんじゃないだろうか」 「えっ、百合子さん、家を出てるの?  それってお父さんの会社が駄目になったことと関係あるの?」 「ははっ、そういうことになるかな。  潰れる前に出てったさ」 「酷いね~」 『私たちからお父さんを略奪までしておきながら……』  そう口から出かかった言葉を茜は飲み込んだ。  そして今の父親の状況がおぼろげながら、しかしはっきりとした形で 見えてきた。  茜は前回父親が尋ねて来た折にたまたま部屋にいた。    だから百子からはこれまで何も聞かされてはいないが父親が困窮して お金の無心に来たことは知っている。  だが父親がその後仕事を得て働いていることも僅かばかりだが返済の為、   家を訪ねたことも知らない。  なので今目の前に座る父親が何故我が家を訪ねてきたのか、予測という名の検討を付けるしかなかった。 『またお金を借りにきた?』  そんなことしか思いつかない。  元々我が家にあるお金は母親への慰謝料やら自分たちの養育費として父親が   支払ってくれたものだということは認識しているので、捨てられたという 遺恨はあれどもそのことに関して不服はない。  どんなことを話せばいいのか話題もない中で脳内のコンピューターから出てきた言葉の羅列を眺めてみるに、私たちを捨てて若い女に走った父親……困窮しそうになると父親と共に苦労することを選ばず泥船からいち早く脱出した 小狡い女……その後二度も元妻の住む家を訪ねてくる父親……。  ふむぅ~、何が見える?  何か話を振らなければならない父親を前に、あまり考える時間はない。  必死でどのような話題を振ろうかと思案していると、今まで黙っていた 淳平が父親に話し掛けた。
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