『愛のため、さよならと言おう』- KAKKO(喝火) -

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27     w44 k4  ◇転機  彼女との情事が終わりを告げてから3ヶ月、何事もなく彼女も自分も 同じ職場同じ部署で働いている。  自分たちの関係を知っているのは当事者の二人だけ。  あちらに、恋人ができたからとか結婚するからという理由での別れではないにも拘わらず、揉めることなくきれいに別れられた自分は幸運なのだろう。  石田がそう思うほどに二人の日常での距離感も落ち着いてきたと思い始めた頃、百合子から『お話があります』と就業中にメールが届き、石田は思わず 百合子の席方向を見てしまった。  待ち合わせには以前何度か行ったことのあるバーが指定された。  『よりを戻したいとか? まさかね』 と思いつつ、そう言われた時の断り方をシミュレーションするのだった。           ◇ ◇ ◇ ◇  馴染みの、といっても別段店主と、という意味ではなく……百合子と 付き合うようになってから何かとよく利用していた店で、石田は百合子と 会うことになった。  実に3ヶ月振りのこと。  百合子は石田よりほんの少し遅れて現れた。 「わざわざ出向いていただいてすみません」 「うん……で、話とは?」  毎日会社で顔は合わせているのだし、所謂社交辞令など必要なく石田は すぐに本題に入りたくて『それで?』と問うた」 「子供ができました」 「……」 『ン? なに、誰の?』  それは本当に分からずに出た疑問符。 『あぁ、俺との? だけどちゃんと避妊はしていたはずで有り得ないだろ』 「ほんとに?」 「はい、できちゃいました。  病院でちゃんと確認してきましたしっていうか、もう4ヶ月に入ってます」 『堕ろしいほしい』とは言えない時期まで待っての計画的な連絡であった。 「しかし、俺には家庭があって君とは……」 「取り敢えず認知してほしいんです。私産むつもりなので」  百合子の主張に石田は絶句するしかなかった。  そして、勝手なことをとも思うのだった。 「何て言ったらいいか、しばらく考えさせてもらいたい」 「認知は裁判してでもと強い気持ちでいますので、それだけ知っておいて ほしいです」 『裁判になるとDNA鑑定は必至でもしもお腹の子が早瀬くんの子だったら 目もあてられないや』  でもここは強気でいくわ。  認知は必ずしてもらい、運がよければ妻の座も狙いたいところ。  実は先月末に石田の自宅付近をうろつき、運よく石田の妻の百子が 庭に出て作業しているところや出掛けるところを遠目から見ることができた。  上品そうで大人しそうな百子を見た百合子は石田を奪うことを改めて 決心した。  百子を見て、あの人なら泣きながらも石田の離婚の提案を受け入れて くれそうな気がしたからだ。           ◇ ◇ ◇ ◇  まずいことになった。  認知などしてしまえば、百子はおろか父親にも失態を知られてしまう。  そうなれば、父親は世間体を重んじる人間で自分は後々会社の後継者候補から外されてしまうかもしれない。  どのように動けばことは丸く収まるのだろうかと、丸く収まるはずもないのに、石田は愚かな思考しかできず、あがいた。  すべては穏便に終わったはずの情事に今頃になってしっぺ返しを食らい、 慣れないことなどするもんじゃないな、と心底思うのだった。 5/5 '24.7.16
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