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6. 緊急事態のあと
「緊急手術ですって聞いて驚いたわよ。無事に終わって良かった」
ここは病院の一室だ。
あれから僕は救急車で運ばれて、手術をしたらしい。お腹の中に異物があったとか。
麻酔から覚めたばかりの朦朧とした頭で、医者らしき人に「痛みの元は全部取ったからね」と言われたのだけ覚えている。
「結局何だったの?」
少し声が掠れていた。さっきまで喉の痛み――全身麻酔の影響らしい――があったけどだいぶ引いた。咳をしたくても手術で縫った傷に響くから、できないのだけが不便だ。
「母さん前に話したでしょう。蒼太は最初双子だったんだよって」
「……そうだっけ?」
「小学校で自分史作ったでしょう! もう、親の話なんて聞き流してるんだから」
母さんは呆れたように笑った。
「妊娠が分かった時は双子だったのよ。だけど次の検診では蒼太しかいなくて。もう一人の子は亡くなっていたのよ」
「それ、手術したの?」
ボンヤリとしか覚えてないけど、母さんのお腹には手術痕があった気がする。
「自然に吸収されるって聞いたからそのままよ。私が手術したのはあなたが生まれる時。頭が大きくて出てこられなかったのよねぇ」
同じ痛みを経験して、ケラケラ笑っている母さんが信じられない。時間が経っているとはいえすごいと思う。
「そうだ。付箋のこと気になるかと思って」
小さなクリアファイルに入った付箋の束を受け取った。
新しい物は無く、一番最後に残されたメモを読む。
「もうすぐバイバイ……」
「不思議よね」
つい昨日まで、意味不明で不気味なメモ書きでしかなかった。
だけど今は双子として生まれるはずだった、もう一人からのメッセージにしか思えなかった。
僕の中でひっそりと眠っていた、もう一人は知っていたんだ。
自分がもうすぐ本当にいなくなるのを。
「この付箋を思い出したら我慢できなくて」
「……何それ」
母さんが見せてくれたのは、小さくてつるんとした、何かのカケラだった。ハンカチにそっと包まれている。
「歯だって。すごいねぇ」
「もしかして腹から出したやつ?」
「そう。お医者さんがどうしますかって言うから、これだけもらっちゃった」
一つを手に取って眺めてみた。お腹にあったとは思えないくらい、しっかり歯の形をしていた。
「蒼太の乳歯を思い出してね。捨てたくなかったのよ」
付箋のメモ書きが無かったら、母親ってそういう生き物なんだなと感じただけだったと思う。
でも、僕は確かにやり取りした。
あのミミズ文字と小さな歯は、ちゃんと同一人物だという確信めいたものがある。
「これもらっていい?」
「いいわよ」
ティッシュを一枚取って折り畳む。小さな座布団みたいだ。その中央に歯をのせた。
「そこに置くの? 無くさないでよ?」
「無くさないよ!」
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