亀裂のハジマリ

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「……沙奈?」 名を呼ばれてハッと我に返った。 部長の優しさに甘え、新しく部屋を探そうともせずにヌクヌクとここで暮らしてきたことを恥ずかしく思った。 元々資金繰りが安定するまで、っという話だったような気がする。騙されて失ったお金は戻っては来ないが…あれから何度かお給料が振り込まれたので僅かだが貯蓄はある。 この先ここに住み続けても、彼を有能な男性に変えることが出来るのか…なんて分からないし、部長なら私のお給料の額もある程度知っているはずだ。 課長には話せて部長に言えなかったこと。自分には言えない話を相談できる上司が他に出来たならそっちに行けばいいだろう、と見限られてしまったのかもしれない。 じゃあ…出張から戻るまでの間、課長と二人きりになるなっていうのは…? 分からないけど…独占欲的なもの?帰国したあと家を追い出すまで他の人間に頼るのは間違ってるとか、そういう感じ? 「………寂しく、なりますね」 同じ職場で働いているとはいえ数ヶ月もの間、親密な関係だった私たち。それが無くなってしまった後に残るのは…きっと虚しさだけだろう。 「大袈裟だな、三日後に会えるだろ?」 「そうだけどっ……寂しいです」 困らせたいわけじゃない、ただ不安なんだ。この先の人生を部長無しで生きていける自信が正直無い。甘ったれだと言われるかもしれないが、上司だからとかそういうのじゃなくてっ、、 好きな人と一緒に居られなくなるのは…とても悲しい。
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