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「は…いっ、、芳野 沙奈です」
震えた声で、電話先に向かって名乗ると…
『良かった…連絡がついて。名乗るのが後になって申し訳ない。今日から君が働く部署で総務部長を務めております、折原です。』
電話先の相手が自分の上司であることが確定し、見られている訳でもないのに姿勢を正して思わず頭を下げてしまう。
「……も、申し訳ございませんっ…実は乗り合わせた電車の前の車両が事故を起こしてしまって」
『…大丈夫だ。他の社員からも遅延の連絡が多数入っている。入社式に出席出来なかったのは君一人じゃないから…何も不安に思うことはない』
堅苦しい敬語のやり取りから、少し砕けた口調で優しくそう告げてくれた部長の言葉に思わず涙が溢れた。
『初日から大変だとは思うが、他の社員にも君のことを紹介しておきたいから…出来れば出社してもらえると助かる。』
「す、すぐに…向かいますっ!」
『いや、通勤ラッシュ時の遅延となるとタクシーやバスも混んでるだろうから…時間は気にしなくていい。無事に出社すること、それが君の初仕事だと思って…気を付けて出勤して貰えればそれでいいから。』
「……お気遣いありがとうございますっ!また会社の近くに着きましたら、ご連絡いたします。」
『何か困ったことがあれば連絡してもらって構わない。それじゃあ、気を付けて。』
直接お会いしたことも、話したこともないのに…折原部長の優しい対応と心遣いはどれも私の心に響いた。
会う前からとても紳士的だった彼は、実際に会えばもっと魅力的で─…まさかこれから先この人とひとつ屋根の下で暮らすことになるなんて。
この時の私が知るはずも無かった。
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