二〇六二年 五月三日

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 経験の浅い高橋には伝えなかったが、動く事を躊躇した理由は他にもあった。  斜面を命からがら転がり落ち、地図も失ってしまった為に、どこをどう戻れば良いのかを完全に見失ってしまったのだ。  幸い雨は止んでいたので、体力の消耗もそれ程ではないと思われる。  ただ、転落の際、地図だけではなくもっと重要なものを失ってしまった。  非常用に携行している食糧である。  木の枝にバックパックが引っ掛かった際に、生地が裂け、中身が殆ど飛び出してしまったのだ。  このような状況下で生き延びる訓練をさんざん受けてきてはいるが、どこまでいっても訓練は訓練。  実際にその状況に置かれる事とは体力的にも精神的にも大きな違いがある。  どちらにしろ、長居は不可能だ。出来るだけ早い段階で現状を打破する必要がある。  自分には、家族の元に必ず帰る事、そして若い高橋を守る事、この二つの両立し難いミッションが課せられているのだ。
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