無数の今の中の今

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無数の今の中の今

 川底の汚泥(おでい)は生き物でしょうか?  現代の常識において、それは生き物などでは断じてないと言い切る事ができます。  ですが、我々人間にしても、他の動植物にしても、所詮は皆有機化合物の結晶に過ぎません。  強いて違いを挙げるとするならば、それは命というものを持ち、動くという事。  言い換えれば、生命活動を行っているかどうか。極論を言えばそれだけの事ではないでしょうか。  さて、今、汚泥が川の底から川面を見上げています。  今、と言うのは、「その当時」と言い換える事ができる時間の名称であって、それが何十年、何万年、何億年前であるかはわかりませんが、その時、汚泥が川面を見上げていたその時に(さかのぼ)って、今と言うのです。  小さな魚にとって、水中を行き交うのは生命活動の一つに過ぎませんが、汚泥にとってそれは、とても羨ましい事です。  時にヤゴやゲンゴロウは小さな魚を襲って食べます。  残酷なようでもありますが、それは、生命を維持するのにどうしても必要な事であるからです。  汚泥はそれを見て、捕食する側の食べる喜びや快感を想像もすれば、また、食べられる側の痛みや絶望感も想像してみたりして、やはり、そのどちらも羨ましいと思うのです。
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