夫婦割

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【夫婦割】という制度がうちの店にはある。  夫婦で同じラーメンを頼むと100円引き、からに餃子一皿ついてくるというものだ。  それを時々、あるカップルが夫婦割を使ってラーメンを食べにくる。  カウンターで食っちゃべるものだから嫌でも会話が聞こえてきて、彼らが夫婦ではないことはわかっている。  自己申告だから別にいいし、なんなら夫婦じゃなくてもいい。  だが彼女のほうはわずかな罪悪感があるようで、会計の時に軽く頭を下げて「すみません」と言ってくる。  別にいいんだけど。  いつか夫婦になればいいな、なんて思っていた。 * * *  その日もいつも通りの来店、二人並んでカウンター席に座る。  どのラーメンにするか話し合い、彼氏が顔を上げていつも通り、 「夫婦割って、婚約中でもオーケーですか?」 「はいはい夫婦割ね、ラーメンの種類は……婚約中?」  思わず顔を上げる、真面目な顔の彼氏と目が合った。  あぁ、プロポーズしたのか、おめでとう。おめでとうって言えばいいのか?  え、どうしようこれ、おめでとう。 「あー、はい、大丈夫で……」 「ちょっと、どういうこと?」  俺の声を遮り、彼女の方が言った。  不審と怒りが混じったような表情を彼氏に向けていて、空気が緊張感に包まれる。  え? ちょっと、どういうこと?  彼氏は答えず、黙ったままポケットから小さな箱を取り出してテーブルに置いた。  コトリと、彼女の前に。 「受け取ってくれたら今日餃子が食べれるんだけど、どうかな?」  パカッと開かれた箱の中には指輪が入っていた。  ダイヤモンドらしき石がついた、ピカピカの指輪。 「え……?」  驚きを隠さず、口元を手で覆う彼女。  俺も同じ仕草をしてしまったが、そういえば別の客が注文した麺どうなった……バイトの子がやってくれてる、  よし任せよう。 「ぴったりだ、よかった」  カップルに目線を戻すと、薬指に指輪をはめた彼女を彼氏が慈しそうに見つめていた。 「ありがとう」という彼氏の言葉を彼女も同じ言葉でお礼を返し、 「ここの餃子好きだもん、今日も食べたいよ」と言葉を付け加えた。 「「ネギラーメン二つお願いします、夫婦割で」」  二人の声が重なり、注文が入った。  いま、俺の目の前で、恋人から婚約者に関係性を変えた二人が。 「あいよっ、ネギラーメン夫婦割!」  厨房に向かって叫ぶと、スタッフの「あいよー」という声が返ってきた。  その中の一人と目があって、アイコンタクトで訴える。  なぁ、これ、どうする?  チャーシューでも乗っけときます?  ネギの上に乗らなくないか? 下に入れる?  それかネギ増し増しにします?  それいいな、マシマシで。  パッと顔を背けたスタッフの一人が、おもむろにネギのタッパーを冷蔵庫から取り出した。  客席に視線を戻すと、メニューを見つめて次に食べるラーメンを選んでいるカップル……  いや、もうすぐ夫婦になる男女が談笑していた。  もし本当の夫婦になったら、  二人で結婚指輪をはめて来た日には、間違えて餃子一つ多めに入れておこうかな。  そんなことを考えて、  その日が待ち遠しくてふっと、笑みが溢れた。  うちの店には昔、仲の良いカップルが夫婦割を利用しにやって来ていた。
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