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クリスマスイブに初雪とは…今年はラッキーだなぁ。
仕事が終わってビルの玄関に向かうと柔らかくて小さな雪が降っているのが見える。
『ホワイトクリスマスだね!
メリークリスマス!』
先に帰っていく由美が顔を覗かせて手を振ってくれた。
その時話せなかったからメールした。
コートのボタンを閉めてストールを巻き直す。
折りたたみの傘はあるけど使うのはやめようかな。
自動ドアが開くとあちらこちらからクリスマスソングが聞こえてくる。
赤と緑と白いネオンを雪がやんわりと包んで夢の中のよう。
『綺麗』
思わず独り言がでる。
ここから駅まで賑やかな通りを歩いて15分。
クリスマスを堪能しながら帰ろう。
3週間前に彼と別れた私は、何の約束もない。
だからといって、ささくれ立っているわけじゃない。
別れを切り出したことも後悔してないし、未練もない。
落ち込んでいるのとも少し違うな。
5年間の思い出を手放して空っぽになった心を持て余している。
別れてすぐにデートに誘ってくれた後輩がいるが、まだ出かける気にはなれなかった。
通りの最後の駅前のコンビニでサンタの着ぐるみがケーキを売っているのが見えてきた。
そう言えばいつからサンタさんは来なくなったんだっけ?
そんなことを考えながらコンビニの前を通ろうとしたら、着ぐるみサンタに通せんぼされた。
困ったな…。
ケーキは好きだけど、あれはひとりじゃ食べきれない。
『ごめんね、ケーキはいらないの。』
そう言うと、着ぐるみサンタは首を横に振ってポケットからリボンのかかった袋を取り出し私の手に握らせた。
『メリークリスマス!』
笑顔の口元からくぐもった声が聞こえた。
『え?…』と戸惑っていると、着ぐるみサンタは一緒にいた店員さんに『ちょっといい?』と断ってから私の背中を押してお店の横の隙間に入った。
店員さんはニコニコしながら『頑張れよ!』って声を掛けていた。
聞き覚えのある声だと思っていたら…サンタの顔を脱いだのはやはり後輩の川嶋くんだった。
『川嶋くん…。』
何から言っていいかわからず、言葉に詰まる。
『メリークリスマス、先輩。
待ち伏せしてたんだ。
中村さんの仕事を引き受けたのは見てたから残業だとは思ってたけど遅かったね。
お疲れさま。』
『なんで…どうして…。』
『今日まともにデートに誘っても来てくれる気がしなかったし。
この前も断られたから。
プレゼントは渡したいから待ってた。
ここのコンビニ、毎朝寄るうちに友達になったんだ。』
川嶋くんはいつものように飄々と続ける。
『それ手袋ね。
寒がりのくせにいつも手袋忘れたって言ってるから。
結構なインパクトある貰い方したら忘れないでしょ。』
そう言ってニカッと笑った。
『…ありがとう。』
空っぽになって持て余していた心が震える。
サンタの手袋を外した温かい手で手袋を忘れた私の手を遠慮がちに握ってきた。
『まわりの人には気を遣って温かい気持ちにさせるくせに、自分の寒さには無頓着過ぎるよ。』
川嶋くんの温もりで満たされた心が溢れ出す。
こんな私がこんな素敵なプレゼントを貰ってもいいのかな。
見上げるとニコニコしながら涙を拭ってくれた。
『サンタさん』
『ん?』
『今から私とデートしてくれる?』
川嶋サンタは飛んで行きそうな勢いで『もちろん!』と言った。
久しぶりにやって来てくれたサンタさんは、生意気で遠慮がなくて飄々としていて…でもどこか可愛い。
そして最高に温かい人だった。
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