22年ぶりの

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22年ぶりの

 そんなちょっとした間があった時、さくらのスマホが鳴った。 「あら?ごめんね。実家からだわ。ちょっと失礼。」 『さくら。今、あなたの家に桃子ちゃんって行っている?』 「は?なんでお母さんがそんなこと知ってるの?桃子ちゃんの名前まで。」 『さくら。桃子ちゃんはあなたの娘なのよ。今、斉藤さんから電話があって、桃子ちゃんがあなたとお料理を作っているっていうから。』 「え?まさか?そんな?斉藤さって、お母さんの親戚の斉藤さん?」 『斉藤さんが桃子ちゃんに本当の事を話すまであなたには何も伝えないって約束していたのよ。』 「わかった。じゃ、桃子ちゃんは知っているのね。電話。切るね。」  電話を切って、頭に手を当てていたさくらに桃子が話しかけた。 「お久しぶりです。っていうか、初めまして?会社以外で会った時にはママって呼んでもいいかな。」 「桃子ちゃん。あなた、怒っていないの?私を憎んでいないの?」 「とんでもない。産んでくれてありがとう。今日はそれも伝えたかったの。もちろん、本当のママと一緒にお料理をしたかったっていうのも本当。」    さくらは、中学校の頃付き合っていた男子と、一度だけ身体の関係を持った。そうしないと別れると言われ、渋々承知した形だった。  今になってみると、何故そこまでして別れたくなかったのかとその頃の自分に問いたい。  もちろん、避妊しなければいけないとわかってはいた。だが、その時の彼は「外に出せば(射精すれば)大丈夫だから。」  と、言って、避妊具を使ってくれなかった。  だが、まだ性的に未熟である。外に出す前にさくらの体内で射精してしまった。  さくらは真っ青になり、 「もし赤ちゃんが出来たらどうするの?」  と、破瓜の痛みよりそちらを心配した。  痛かっただけの初めてのSEX。その上、体内に射精されてしまったら赤ちゃんができてしまってもおかしくない。  彼は事が終ると、そそくさと自分の部屋からさくらを帰した。  そして、悲しいことに、その彼とは、その日を境に話すこともなくなった。  その彼はその頃の男子にありがちな、女性の身体に興味があっただけで、その頃成熟した体だったさくらと寝てみたかっただけだったのだ。  その上、避妊にも失敗し、男子として気まずくなってそれきりさくらに近づいてこなくなった。  その後、さくらは生理が来ない事を不安に思いながらも、これまでもまだ生理は始まったばかりで不順だったので、『きっと不順なだけなんだ』と、自分に言い聞かせ、不安な時を過ごしている間にだんだん胸が張り、お腹も出てきた。  中学生のさくらは勇気を出して、保険証を家で探して行きつけの内科に行った。内科の先生は診察しようとして、さくらの身体を診て驚いた後に難しい顔をして、さくらの家に電話を架けた。  母親が呼び出され、産婦人科への受診を勧められた。  母親には父親は誰なのかと問われ、正直に答えたが、父親であるはずの彼は、自分はそんなことはしていないと言い張り、結局、さくら一人が悪者になった。  産婦人科を受診したが、その時にはすでに6か月を過ぎていて、堕胎できなかった。  制服が着られている間は中学校に通っていたが、卒業式までは胎児は成長を待ってはくれなかった。  制服が入らなくなり、卒業式の前から学校を休み、春休みに出産した。  そのころの記憶はあまりさくらには残っていない。ただただ、困ったことが起きたと思っていた。  だが、いよいよ出産になると、その痛みは確かにさくらが母親になる為の痛みであり、誰も替わってはくれなかった。  痛みに涙を流しながら、1日かけてようやく赤ちゃんが産まれた時には気を失うほど疲れていた。  赤ちゃんは生まれてすぐに元気な産声を上げたが、姿は見せてもらえなくて、産む前から親たちが手回しした信頼のおける人に預けられた。  赤ちゃんは母方の子供のいない遠い親戚に預けられることが決まっていた。  かなり遠方の親戚だったし、さくらが赤ちゃんを産むまでに冠婚葬祭がなかったので会ったこともなかった。  赤ちゃんとはそれきり会っていなかった。  辛いだろうが、もう、今回の事は忘れて、決まっている高校に進学して、できれば大学も出て、普通の生活を送るよう説得された。  さくらは、あの時の産声を忘れられなかった。でも、その後の赤ちゃんの消息は誰も教えてはくれなかった。  それが、こんな形で会う事になるとは、それも、娘である桃子の方に先に事情を話され、さくらと会うのをとても楽しみにしていてくれた事にも驚いた。 「ひ・・久しぶり・・・っていうか、初めまして。あなたを今、初めて目にすることができて・・嬉しい・・・」  ぽろぽろと涙を流しながらさくらはあの日の痛みと共に、産声を思い出した。 「ママって呼んでいい?育ててくれた人はお母さんって呼んでるし、それを変えるつもりもないの。お母さんはもちろん好きだし、お母さんなんだけど、そんなに困ったことになっても16歳で私を産んでくれた勇気のある女性だと思っているの。」 「えぇ、えぇ。勿論。会社で呼んでくれてもいいわよ。あなたの事を隠すつもりはないわ。決して恥かしくて手放したのではないんですもの。でも、16歳ではまだまだ自分が子供だったし、親の言う事を聞くしかなかったの。」 「ふふっ。まさか会社では呼べない。でも大森さんって呼ぶのは何だか違和感があって。だからこれまで通りさくら先輩で。お母さんがママのいる会社を調べてくれたから就活めっちゃ頑張ったんだよ。運良くはいれて嬉しかった。」 「桃子ちゃん。もし、あなたのお母さんが許してくれるんだったら、ここで一緒に住んでもいいのよ。」 「う~ん。それはまだ考えてないの。今、ようやく一人暮らしを始めたでしょう?16歳で子供を産んだママに比べると私は甘ったれてると思うから。自分でしっかりやって行かれるように頑張ってみる。  でも、時々こうやって一緒にお料理作ったり、教えてもらったりしてもいい?」 「もちろんよ。いつでも来て頂戴。あ、御実家の電話番号と住所も教えてくれる?こんなに素敵な女性に育ててくださったのだからお礼が言いたいわ。」 「あれ?ママのお母さんの親戚だからママのお母さんは知ってるよ。」 「あら、そういえばそうよね。私だって、斉藤さんには会ったことあるわ。嫌だ。これまで聞いちゃいけないと思っていたからまったく思いつかなかったわ。」 「ママってちょっとうっかりさんなのかな。あはは。私とよく似てるよ。」  二人は明るいリビングの日差しにも負けないような笑顔で、キラキラと笑った。 【了】
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