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第一部 壱 逃げるは恥
ときは江戸時代末期のこと_____。
京の都の真夜中は昼間の雅びやかさを消し去り、代わりに奇妙な静けさだけがあった。
花街、島原の近くの路地を男二人が赤ら顔で歩いていた。珍しいことではない。毎日のようにこのようなことは起こる。
突然、一人の男が小さな悲鳴を上げ、バタリと倒れた。
「ひ!ヒイ!」
声ならぬ声を上げると、男は刀を抜き払う。が、その手は恐怖で震えていた。
「貴様、幕府方のものとお見受けするが?」
後ろの闇から現れたのは…。
「つ!辻斬りか!」
クナイをくるくると回しながら嗤う者は・・・・・、
女だった。
漆黒の髪を高くまとめ、肌は雪のように白く、瞳はそこのない闇だった。黒い生地に梅の柄と鬼灯の柄の付いた膝丈上の着物を着ていた。
すっかり腰の抜けた男はカシャン、と刀を落とし腰から地面に落ちた。
「…辻斬り・・・。ではないかな?残念だねぇ。安易にここを通るからだよ。」
女はパンッと男の首スレスレにクナイを投げる。
その様子に男は怯えながらも怒鳴った。
「き、貴様!鬼灯か!」
近日、巷で人々を騒がせている幕府方の人間を襲う「鬼灯」。
その姿を見たものはいても顔を見たものはいない。見たものは殺されているからだった。
姿のみ見たものによると、性別は女、膝丈上の黒い生地に梅と鬼灯の柄の付いた着物を着ており、免許皆伝でもとらえるのは難しい。理由は簡単。強いし、引き際を見極めるのが上手だからだ、と噂されている。
鬼灯、という通り名は、鬼灯の模様が印象的だったことからだと言われている。
「そうだね‥。」
それだけいうと鬼灯はにィ、と口角を上げた。
「何者だ!」
「壬生狼か…。もっと話したかったのにね。」
残念、といったふうに肩を上げると、クナイをパッと放った。
クナイは男のこめかみに命中し、男は即死してしまった。
「待てっ!」
「逃げるは恥じゃないから。」
それだけいうと女は闇に消えた。
壬生浪士組が追いかけようとしたが、もうどこにも女の姿はなかった。
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