第一部 弐 安政の大獄

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父上だって遊郭くらい行ったことがあるだろうけど、遊び人だとは思っていなかった私と母は驚愕した。 突然できた弟に私は戸惑った。弟、梅太郎は14歳。 父上は何をやっていたんだ。そういう怒りももちろんあった。でも、何よりも辛いはずの母上が毅然と春川家当主として梅太郎を育てるという父上の意向に一言も言わず、武家の女らしく振る舞うのを見て、私もいつまでも怒りに囚われては、と梅太郎の姉、次期当主の姉としてふさわしいように堂々と振る舞った。 実際、梅太郎は気品も才能も備えた好青年だった。 だから、私もそう苦労はしなかった。武家にふさわしいくらいだった。  父上には絶対的に従うし母上を敬い、突然できた使用人たちにも横柄にしない。 すべてが順風満帆に行くと思っていたある日のことだった。 私が自室で日記をつけていると、梅太郎が話しかけてきた。 「姉上。ご相談があります。」 「どうしたの。」 改まった梅太郎に向き合うと、 「俺は…、その…言いづらいのですが…。」 「武家の男ならきっぱりと言ってしまいなさい。」 グズグズと平素なく言い淀む梅太郎をたしなめた。 「では。これから言うことは父上、御祖父様、母上に内密ということでもよろしいですか?」 「ええ。構わないわ。」 いつになく真剣な瞳に梅太郎の成長を感じていると、 「俺は、松下村塾に行きたいです!。」 「え?えええ!」 女らしからぬ大声を上げてしまったが、慌てて口をつぐむと深呼吸した。 松下村塾は、国事犯吉田松陰寅次郎が教えるいわゆる政治塾兼寺子屋で有名だった。 隣の村にあるその塾は、武家の大人の間では悪名高い。なんせ国事犯が塾で物を教えるというのだから。 「いいでしょう。しかし!私も連れていきなさい。何かあっても責任を取れるのは私だけ。」 少しでもあのときの御祖母様らしく毅然と言い放つと梅之助の顔に花が咲いた。 「ありがとうございます!実は、松陰先生とは文通をこっそり数日前からしておりまして。」 …この弟、意外と只者ではないかもしれない。そう思った瞬間だった。 テヘッと言わんばかりの弟に早く寝ろ、夜中に出る。 それだけ言うと布団をひいて私は寝た。
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