第一部 壱 逃げるは恥

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

第一部 壱 逃げるは恥

 ときは江戸時代末期のこと_____。  京の都の真夜中は昼間の雅びやかさを消し去り、代わりに奇妙な静けさだけがあった。  花街、島原の近くの路地を男二人が赤ら顔で歩いていた。珍しいことではない。毎日のようにこのようなことは起こる。 突然、一人の男が小さな悲鳴を上げ、バタリと倒れた。 「ひ!ヒイ!」 声ならぬ声を上げると、男は刀を抜き払う。が、その手は恐怖で震えていた。 「貴様、幕府方のものとお見受けするが?」 後ろの闇から現れたのは…。 「つ!辻斬りか!」 クナイをくるくると回しながら嗤う者は・・・・・、 女だった。  漆黒の髪を高くまとめ、肌は雪のように白く、瞳はそこのない闇だった。黒い生地に梅の柄と鬼灯の柄の付いた膝丈上の着物を着ていた。 すっかり腰の抜けた男はカシャン、と刀を落とし腰から地面に落ちた。 「…辻斬り・・・。ではないかな?残念だねぇ。安易にここを通るからだよ。」 女はパンッと男の首スレスレにクナイを投げる。 その様子に男は怯えながらも怒鳴った。 「き、貴様!鬼灯(ほおずき)か!」 近日、巷で人々を騒がせている幕府方の人間を襲う「鬼灯」。 その姿を見たものはいても顔を見たものはいない。見たものは殺されているからだった。 姿のみ見たものによると、性別は女、膝丈上の黒い生地に梅と鬼灯の柄の付いた着物を着ており、免許皆伝でもとらえるのは難しい。理由は簡単。強いし、引き際を見極めるのが上手だからだ、と噂されている。 鬼灯、という通り名は、鬼灯の模様が印象的だったことからだと言われている。 「そうだね‥。」 それだけいうと鬼灯はにィ、と口角を上げた。 「何者だ!」 「壬生狼か…。もっと話したかったのにね。」 残念、といったふうに肩を上げると、クナイをパッと放った。 クナイは男のこめかみに命中し、男は即死してしまった。 「待てっ!」 「逃げるは恥じゃないから。」 それだけいうと女は闇に消えた。 壬生浪士組が追いかけようとしたが、もうどこにも女の姿はなかった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!