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真後ろから聞こえた声に、私の口から心臓が一瞬飛び出たことだろう。だから、振り向いて声の正体を見ても、口を開けたまま声が出ず、はく、と閉じて開いて、空気の音すらも出せないままだった。
拓はそんな私を見て「はは、変わんねー」と笑いながらおじさんから牛串を受け取り会計を済ませていた。慌てて財布を出そうとする私に「まぁここはかっこつけさせてよ」と言われてしまうと、意地になって出すのは違うと思い直し大人しく払ってもらうことにした。
私が財布をカバンにしまうと一本差し出された。
そして、彼は言った。
「久しぶり」
肉を渡されながら再会なんてこと、あるだろうか?
改めてそう考えるとなんだか笑えてきて私は声を出せなかった分の空気をぷはっと吐き出すように笑って、受け取った。
「久しぶり。ほんでありがとう、お金。何気にこんなでかいお肉久しぶりかも」
「マジ? 俺昨日ぶり」
「めっちゃ食うやん」
「昨日リハでさ、あそこのおっちゃんも来ててん。ほんで食わせてくれはったんよ」
「えー、いいなー。タダ?」
「そ、タダ。から奈美にもおすそ分け。なんつって?」
「あらやだかっこいい」
久しぶり、という言葉を交わせた途端溢れ出る会話に私は懐かしさと共に笑みが自然と零れていた。歩きながら言葉を交わしていると昔のように冗談も言えてしまって、嬉しくなって、身体が火照って、それだけで空腹が満たされる、なんて思いながらふと拓の顔を見て――見たことのない優しい目が私を見ていて、牛串を落としそうになってしまった。しっかり持ち直しながら思わず視線を逸らして、前髪に意味もなく触れてしまった。
「ほんとにそう思ってくれてんなら」
そこで言葉が一旦切れた。言葉の続きを聞きたいけど、それにどう答えるべきだろうか、と思うと心臓が五月蠅くて音が止まらず、私は色々誤魔化すように肉を口に含んだ。その様子から私が緊張しているのがバレたのだろう。視界の端で苦笑が漏れて「ちょっと、いこうか」と言って――肉を食んでいるために串で埋まっている手とは別の、空いている方の手に彼の手が伸びた。
「うん」
私は口をもごもごさせながらその手を避けるように後ろに回した。その動作は、明らかに避けてしまっていた。失礼だとわかってはいるが、どうしていいかわからなくて口から肉の代わりに心臓が出ていきそうだった。
もう20代後半なのに。
まだ、学生の頃のようにどぎまぎしてしまうのか。
私たちは、終わった関係なのに。
そうだ、こいつは元々女癖が悪い。
だから今日も気まぐれ。
久しぶりだから優しいだけ。
だからこの瞬間が終わったらきっと。
今度は緊張とは別の感情で喉がつまり、ツンと鼻の奥が痺れて痛かった。
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