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「で、さ。話したいことあってさ」
気付けば人がまばらに通っている屋台の並びがない散歩道に出ていて、腕が触れそうで触れられない位置で並んで歩いていた。
「学生の時、学祭で俺が告ったやん」
「う、うん」
「で、付き合ったやん」
「うん……」
「で、卒業した後音信不通なったやん」
淡々と話すからついつい相槌を打ってしまう私へ彼は振り向くと、左耳の髪をぐいっと掌で押し上げた。すると、もみあげ付近に縫い後のようなものがあった。目視できるほど、大きな傷跡は私の人差し指ぐらいありそうだった。
「ごめん、事故って2年間意識不明だったのとスマホ壊れてた」
ボト
「「あ」」
あまりの衝撃に私は手に持っていた串を落としてしまった。それに二人同時に声が出た。4個連なっていた内の一つしか食べていなかったのに、なんて勿体ないことをしてしまったんだと私は慌てて拾ったが、残念ながら全てのお肉が砂だらけで到底食べれそうではなかった。
「あぁ……」
私が色んな衝撃で声を漏らすと、拓は「ハハ、それはもうやめとけ」と私の串を取り上げて、まだ手の付けていない串を私の前に差し出した。
「ん、一緒に食おう」
「……うん」
私は受け取り、立ち上がってかじった。
色んな事が起こりすぎて、味がしなかったし、舌の上で転がる肉は少し冷たかった。頭も大混乱で、だけど私が嫌いで音信普通になったわけじゃないことは嬉しくて、でも今からやり直すなんて到底難しいんじゃないかとか、色々考えると噛めば噛むほど肉はただの塊のようなものに感じた。けど、私がかじってすぐにその反対側を拓がかぶりついたから、一気に口内の肉の温度は上昇して味も戻っていた。
「あのさ」
もごもごしながら、拓が喋る。
「ん?」
「いま、彼氏いる?」
口の中に肉が残っている私は首を横に振った。
というか、こいつはどうしてこうも、一気に距離を詰めてくるのだろう。学生時代の時もそうだったが、このぐいぐいと来る攻め気にいつも心乱されて、私を落ち着かなくさせて、だから今も私は汗をじわりとかくほど身体が、熱くなってしまう。
そんな私とは違い、「そっか」と拓は淡々と言って私の数歩前に出て歩き始めた。その後姿は今からでもスキップしそうなほどどこか弾んでいて、私は思わず追いかけるように小走りしてその隣に並んだ。
「あんたは?」
「いない」
いつの間に肉を飲み込んだのか、はっきりとした言葉が返ってきた。
「でも、作るつもり」
言われた言葉に、さっきまで温もっていた身体が一気に温度を無くした。
ああやっぱり、期待なんてするべきじゃない、と私は鼻の奥がまた痺れるのを感じて――次に感じた温もりに、目の端から涙が伝ってしまった。
ここまで私の感情を激しく動かすのは、昔も今も、拓だけだ。
鼻の痺れの名残を感じながら、頬に温もりが戻っていくのを実感していた。自分の体温の子どもみたいに激しい変化にフフっと笑いながら、私は小指に絡まった一回り太い指に指先を絡めた。
これから恋人になる約束をするかのように繋がれた小指たちからは、懐かしすぎる優しさと温もり、そして久しぶりのホワイトムスクの匂いを私の鼻先にくすぐらせて頬を熱く濡らしてくれた。
fin
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